熊谷市は、(旧)熊谷市、大里郡妻沼町、大里郡大里町が平成の大合併の一例として、2005年10月1日に新たに合併してできた市である。さらに2007年2月13日には、大里郡江南町を編入した。
合併までの経緯
2001年、「大里はひとつ」を合言葉に市長小林一夫(当時)と深谷市長新井家光(現職)を中心に大里地域の合併について話し合いを始め、2002年7月には各町も参加し、任意合併研究会が設立されたものの、2003年3月には破談してしまった。理由は「新市の市役所の場所について熊谷市(熊谷市役所を活用)と深谷市(位置が新市の地理的中心となる熊谷市の籠原駅付近に新たに建設)で意見が分かれ、合併特例債の使い道に関して大きな隔たりがあるため」と報道されたが、2002年12月に旧熊谷市が行なった住民アンケートにおいて大里地区全体よりも1市3町(現在の熊谷市)での合併を望む回答が多かったことも影響した可能性もある。それに次ぐ形で翌月には熊谷市と深谷市それぞれが中心となって2つの法定の合併協議会が成立した。熊谷市側は「熊谷市・大里町・江南町・妻沼町合併協議会」であった。しかし2004年3月21日江南町の合併を問う住民投票で反対派多数という結果となり、同年5月31日合併協議会を解散した。翌日、「熊谷市・大里町・妻沼町合併協議会」を設立し、2005年10月1日に熊谷市・大里町・妻沼町が合併して新「熊谷市」の誕生となった。
一旦は離脱した江南町であったが、単独では厳しい状態にまで財政が緊迫していた。破綻・行政再建団体移行の可能性もあることが試算で出たため、危機感を募らせた町長及び合併推進派町議員(いずれも当時)を中心として、再び合併に向けて動き始めた。過半数の住民による合併賛成の署名も集まり、2006年1月30日、熊谷市へ合併協議の申し入れ、同年4月1日に「熊谷市・江南町合併協議会」を設置し、2007年2月13日に江南町が熊谷市に編入された。以下で詳細を記述する。
2003年4月1日 - 熊谷市・大里町・妻沼町・江南町合併協議会設立。
2004年5月31日 - 同年3月21日に江南町で行われた住民投票で合併が反対となったことを踏まえ、合併協議会解散。
同年6月1日 - 熊谷市・大里町・妻沼町合併協議会設立。
同年11月11日 - 熊谷市・大里町・妻沼町合併協定調印式。
2005年3月25日 - 埼玉県議会が、熊谷市、大里町及び妻沼町の合併を可決。
同年3月30日 - 埼玉県知事が熊谷市、大里町及び妻沼町の廃置分合を決定し、総務大臣に届出。
同年4月28日 - 熊谷市、大里町及び妻沼町の廃置分合が官報で総務大臣から告示。10月1日の合併が確定された。
同年10月1日 - 熊谷市、大里郡妻沼町、大里郡大里町が合併し、新たに熊谷市が設置された(新設合併)。
2006年4月1日 - 熊谷市・江南町合併協議会設立。
同年7月13日 - 熊谷市・江南町合併協定調印式。
同年10月12日 - 埼玉県議会が、 熊谷市及び江南町の合併を可決。
同年10月18日 - 埼玉県知事が 熊谷市及び江南町の廃置分合を決定し、総務大臣に届出。
同年11月10日 - 熊谷市及び江南町の廃置分合が官報で総務大臣から告示。2007年2月13日の合併が確定された。
2007年2月13日 - 大里郡江南町が熊谷市に編入された。
合併後の住所表記
基本的に合併前と同一の地名とするが、「大字」表記が頭に付く住所については「大字」を削除した。
例1:熊谷市本町一丁目→(変更なし)
例2:熊谷市大字箱田→熊谷市箱田
例3:大里郡妻沼町大字弥藤吾→熊谷市弥藤吾
例4:大里郡大里町大字冑山→熊谷市冑山
例5:大里郡江南町大字樋春→熊谷市樋春
例外として、旧熊谷市、旧妻沼町、旧江南町の以下の住所表示に関しては、同一もしくは類似しているため、旧妻沼町及び旧江南町の住所表示について、旧町名をつけた。
『中央』
熊谷市中央一丁目から中央五丁目→(変更なし)
大里郡妻沼町中央→熊谷市妻沼中央
大里郡江南町中央一丁目から中央三丁目→熊谷市江南中央一丁目から江南中央三丁目
『小島』
熊谷市大字小島→熊谷市小島
大里郡妻沼町大字小島→熊谷市妻沼小島
『代』と『台』(共に「だい」と読む)
熊谷市大字代→熊谷市代
大里郡妻沼町大字台→熊谷市妻沼台
合併推進構想
埼玉県が策定している『埼玉県市町村合併推進構想(仮称)』では、県民の意見を取り入れた構想対象市町村の組合せとして、大里地域では「熊谷市・行田市・深谷市・江南町(当時)・寄居町」という大里地域に行田市を加えた組み合わせが提言された。一方で平成の大合併期においては、熊谷・行田両市ともお互いを合併検討対象として挙げてはいない。
経済
市内純生産額 : 6034億9700万円(2004年度、当時の1市3町の合計)
県内第5位。さいたま市、川口市、所沢市、川越市に次ぐ。
産業別就業者数[8]
第1次産業 : 4,435人
第2次産業 ; 27,927人
第3次産業 : 67,359人
商業ショッピングモール「ティアラ21」
(右端に見える隣接した白い建物は熊谷駅ビルアズ)
年間商品販売額 : 8144億4500万円(2004年度、以下同じ[9])
県内第3位。さいたま市、川越市に次ぐ。
事業所数は2,545で、このうち卸売業は672事業所、小売業は1,861事業所となっている。年間商品販売額8,144億4,500万円のうち、卸売業が5953億円、小売業が2,191億円。以下に特筆すべき小売店舗について記述する。
大型店舗
市内には、百貨店や駅ビル、駅直結型ショッピングモール、ロードサイド型ショッピングモールが存在する。百貨店としては、国道17号と国道407号の交差点に8階建て地下1階の八木橋百貨店がある。1961年に埼玉県内初の百貨店として開店して以来、「八木橋デパート」、「八木橋」などと呼ばれ市民から親しまれている。また、熊谷駅北口においては、駅ビルアズ熊谷、ティアラ21、ニットーモールの3館がペデストリアンデッキで結ばれており、集合的に熊谷駅直結の一大ショッピングセンターとして機能している。このうちニットーモールは、2002年までの間ダイエーがその売場面積の半分を占める形で核店舗として出店していた。一方でロードサイド型店舗においては、八木橋百貨店近くに熊谷サティでそのほとんどが構成される熊谷片倉フィラチャーが、国道17号熊谷バイパスと国道407号妻沼バイパスの交わる代交差点には西友やトイザらスを核店舗とするビッグベア(1997年開店)が、同じく妻沼バイパス沿いの旧熊谷市と妻沼町との境界付近にカスミやコメリを核店舗とするイール妻沼がある。