泰山や周辺には仏寺も見られる。決して多くはないが、霊巌寺、普照寺、竹林寺と由緒が正しいものが多い。中でも霊巌寺は、創建が前秦ともいわれ、宋代には天下の四絶(中国を代表する4つの寺院)の一つに数えられている。日本からも曹洞宗の僧侶が多く留学にここを訪れた。霊巌寺には及ばないが、普照寺も宋代に高麗人の満空禅師が建立したものとして名高い。
歴史的には、泰山と仏教との関係は、五胡十六国時代に竺僧朗が隠遁したことに始まる。『水経注』『魏書釈老志』『冥祥記』『高僧伝』などの同時代史料によれば、仏図澄門下の僧朗は、前秦の皇始元年(351年)に泰山の?瑞谷(金輿谷)に隠棲し、それによってこの谷は朗公谷と呼ばれるようになったとされる。前秦の苻堅、後秦の姚興、後燕の慕容垂、南燕の慕容徳らの五胡の覇主らの尊崇を受け、北魏の道武帝も僧朗に対して師礼をとったという。
北魏代、その朗公谷に建てられた朗公寺は、帝室の保護を継続して受け、それが東魏・北斉にまで継承された。また、その周辺に建てられたのが、霊巌寺や神宝寺などの諸寺である。霊巌寺の開基については、仏図澄が清水を湧き出させた地であるとか、竺僧朗ゆかりの地に建てられたという伝承が見られる。
孔子が泰山を訪れていたことから、泰山には孔子にまつわる名所や孔子廟が作られている。宋代には孫復を初めとする泰山学派と呼ばれる儒学者達が西南の麓、五賢祠に移り住み大いに栄えたという。
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(5) 特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
(7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
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中華人民共和国の世界遺産
世界遺産の一覧
エスカレーター:山頂までエスカレーターがある。世界でもっとも高いところのあるエスカレーターである。
泰山史料
《泰山志》 清・金?撰
《新刻泰山小史》 明・蕭協中著, 趙新儒校勘(文海出版社,1971年)
《泰山道里記》 清・聶敍撰(中華書局《叢書集成初編》所収,1985年)
《日知録》 清・顧炎武撰(臺灣商務印書館《景印文淵閣四庫全書》所収,1986年)
《山東考古録》 清・顧炎武撰(新文豐出版《叢書集成新編》所収,1985年)
《山左金石志》 清・畢?、阮元同撰(新文豐出版《石刻史料新編》所収,1986年)
《泰安州志》 明・任弘烈編(成文出版社《中國方志叢書》所収,1968年)
《泰山紀勝》 清・孔貞?撰(中華書局《叢書集成初編》所収,1985年)
《登泰山記》 清・姚?撰(廣文書局《小方壺齋輿地叢鈔》所収,1962年)
泰山資料
《泰山―中国人の信仰》 シャヴァンヌ著 菊池章太訳 (勉誠出版、2001年)
《中国の泰山》 澤田瑞穂・窪徳忠著,(講談社, 1982年)
《泰山宗教研究》 劉慧著(文物出版社, 1994年)
《考史遊記》 桑原隲蔵著(弘文堂書房,1942年)
《泰安市志》 泰安市泰山区、郊区地方史志編纂委員会編(斉魯出版,1996年)
《泰山大全》 劉秀池主編(山東友誼出版社,1995年)
《泰山通鑑》 曲進賢編(斉魯出版,2005年)
中華人民共和国の世界遺産
World Heritage Sites in the People's Republic of China
文化遺産
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