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法科大学院制度や司法試験制度をめぐって、各界各層から様々な意見が出されている。主な意見として次のようなものがある。
法科大学院関係者から
大学は合格率が2?3割前後になったことで、新司法試験における競争への対策をしなければならなくなる。多様なバックグラウンドを有する学生を集めるという理念を達成することが困難になると指摘する。合格率の向上など、法科大学院の課程修了者の大半が早期に合格できるシステムを求めている[5]。
従来、法学部では、実務教育が全く行われてこなかった。そのため、司法試験に合格しても、司法研修所で再教育をしなければならなかった。それを改め、理論と実務の統合を図るために、法科大学院をつくったのであるが、現状は、理論は研究者、実務は実務家と分断されたままである。しかも、新・司法試験は相変わらず判例や法解釈が中心なので、予備校に頼る学生は少くない。
既に新60期修習生が修習を行っているが、旧制度の修習生について指摘されていたマニュアル指向・正解指向等の問題点が改善されていない[要出典]。また、ロースクールにおける要件事実教育については旧制度の前期修習終了時程度の学力の習得が図られるはずであったが、新60期修習生には特別に司法研修所において導入研修が行われたにもかかわらず、十分な学力を有する者は少ない[要出典]。実務家からは法科大学院制度は法曹を目指す者に時間と金銭の浪費を強いるものであるという感想も出ている。手厚い貸与奨学金制度が整備されているものの、経済的理由により進学を断念する人も多いという声もある。
弁護士から
日弁連執行部は、合格者の増員に積極的な反対論を唱えているわけではないが、「合格者3,000人は多すぎる」「過当競争となって、人権などの弁護活動に支障が出る」「合格者の増加により、法曹の質が低下すると国民の利益に反する」などの意見も一部の弁護士の間には根強い。現に2007年に「司法改革を考える関東十県有志の会」による現役弁護士に対する「弁護士人口に関するアンケート」では、3,000人の合格者が「必要である」と答えた割合は回答数(約1,400人)中41名と3%ほどである一方、「必要なし」と答えた割合は1,227人であり、80%強であった[10]。ただし、同アンケートは全国23,000人の弁護士にアンケートを配布し、うち1,416人のみが回答していることは留意する必要がある。
2008年の日弁連会長選挙においては、増員反対の主張をした候補が落選はしたものの、予想外に多数の票を獲得した[11]。
経済界・世論から
国民権利意識の向上など格差拡大により消費者訴訟の労働裁判、住民訴訟などが増加傾向にあり、弁護士を増やす必要がある[要出典]。
旧司法試験の試験勉強で学ぶ知識が弁護士業務ですべて生かせるわけではなく、また、弁護士業務で必要となる知識経験が試験勉強で取得できるわけでもない。試験に受かるスキルと弁護士が有すべきスキルは別物である。ペーパ試験でのみ弁護士となる者を取捨選択するより、弁護士の裾野を拡げ、弁護士間の競争を促進したほうが、結果的に国民が安価で良質な法サービスを受け得ることにつながる[要出典]。
価値観の多様化や個人の権利意識の拡大、インターネットの出現などにより、私人間の紛争は昔に比べて増えているのに、現在(弁護士の大幅な増員前)は、弁護士が少なすぎて雑多な事件は弁護士に引き受けてもらえない。また、それを踏まえて現在の日本の法実務におけるいわゆる「慰謝料相場」は欧米のそれと比較してかなり低額である。これでは実力行使をする人間や、権力を行使しうる立場にある人間にとって「やり得」な世の中であり、貧乏人が泣き寝入りしている。弁護士数が増加するとこの状態の改善が期待できる[要出典]。
弁護士増員により、訴訟社会が進展する可能性についての賛否両論。経済・文科のグローバル化に伴い、日本でも格差社会が進展しているという観点からは、フェアネスを実現する手段としての訴訟社会の進展はむしろ望ましいという考えと、訴訟社会は弁護士が儲かる(弁護士の仕事が増える)だけで国民や経済のためにはならないとする考え[要出典]。
経済界の競争社会浸透し、誰も自らの地位に安住できなくなっているのに、合格数や合格率云々で、弁護士(の卵)だけに優遇・配慮する社会的意義は希薄である。緩やかに弁護士の増員をはかり、中長期的に十分な量の弁護士の増員を達成することで、新司法試験の合格率も、法科大学院の数・定員も、自然と落ち着くべきところに落ち着くはずである。ローリスク・ハイリターンの職業(弁護士)につきたいと考える学生側の思惑や、収入源のステータスを確保したい大学側の思惑、既得利益を保守したい弁護士の思惑などに、政治が振り回され、短期的な施策に走るべきではない[要出典]。
資本(人的資本含む)のボーダレス化が著しいこれからの世の中では、現在のグローバル社会で主流となっている法曹選抜方式と一定の整合性を保つことも必要。難関といわれた旧試験を通過した日本の弁護士の質も、日本の大学教育(教員含む)の質も、国際的には高くは評価されていない。(大学のレジャーランド化など)外国の制度を丸呑みする必要はないが、外国の制度と一定の整合性を保つ必要性はある。
日本経団連は、将来的に法科大学院の卒業生が多数企業に入社することが想定できるとし、企業の即戦力確保の見地から知的財産技術・法律の双方が分かる人材・国際感覚の備わった人材の育成を求めている[7]。
旧司法試験受験生から
法科大学院に進学するためには多額の学費・生活費と時間を費やす必要があり、すべての人が法科大学院にいけるわけでもない。例えば、大学進学時から奨学金を借りている学生が法科大学院に進学することは、借りている奨学金の金額によっては事実上不可能であることもある。