医者に死亡を宣告された後、生き返った人々の逸話が多くある(→ポー『早すぎる埋葬』: ⇒青空文庫)。
そのような逸話では、あるものは防腐処理を始めた時に、あるものは死の数日後に棺の中で意識を回復するなどして動き回ったりする。ビクトリア時代の著しい科学の進歩のため、イギリスの一部の人々は、このような早すぎた埋葬を、強迫観念的に恐れるようになった。同時代以前には、ペストなどの伝染病流行時に、感染を恐れて検死が等閑だったりするケースもしばしばあったとされ、これが死者復活(→吸血鬼やゾンビ・グールなど)の伝承となったと考える者もいる。
これらは、その当時の検死技術が完全ではなく、ショック状態における体温の急激な低下や、呼吸量の著しい減少、あるいは血圧低下による脈の微弱な状態を死亡と誤って判定したケースや、一時的な心肺停止後に偶発的に心臓の鼓動が正常に戻るなどして「生き返った」とみなされたのだろう。このため近代的な検死では、最初のチェックから一定時間後に生命の兆候がないかを再チェックするようになっている。
検死技術の発達以前における土葬では、このように生きているにもかかわらず埋葬され、生き埋めとなる可能性は誰にでもあり、またそれらの可能性は大変な恐怖を伴った。そのため発明家たちは被埋葬者の状態を棺外に伝える方法を発明した。地表にはベルと旗があり、それが棺内にひもでつながっていた。棺の蓋には金槌や滑車装置で壊せるガラスの仕切りがあった。しかし多くの人は、この滑車装置が棺にかけられた土のため機能し得ないことや、割れたガラスと土が被埋葬者の顔を覆うことに気付かなかった。
原則として医師以外の者が患者の死亡を宣言する権限はない。 消防機関の救急業務規程の中では、「明らかに死亡している場合」や「医師が死亡していると診断した場合」には、救急隊は患者を搬送しないと定められている。すなわち、それ以外の場合では、患者が生存している可能性があるものとして取り扱うことが求められている。「明らかに死亡」とは、断頭、体幹部の離断、死体硬直、死斑、腐敗、炭化、ミイラ化その他の明らかに生存状態とは矛盾する身体への損害(いわゆる社会死状態)をいう。 社会死要件を満たさない場合、救急隊員は救命措置を開始し、医師の診断を受けるまでそれをやめてはならない。病院到着時の診察で死亡が確認されることを、DOA(Dead on arrival = 病院到着時すでに死亡)という。
人間が死一般を受け止めるものとして、人称による分類が哲学者ジャンケレヴィッチにより提唱された。[2]。
一人称の死:英語での人称「I」にあたる。自分の死。一人称の死の難しいところは、自ら経験できない(つまり、死の後は知覚する主体が存在しない)という点であり[3]、根本的な不可知性から恐れの感情が生じる[4]。エピクロスは「われわれが存在している間は死は現存しないし、死が存在すればわれわれは現存しない」と述べた。
二人称の死:英語での人称「you」にあたる。親しい者の死。自らの大きな人生経験として受け止められ、愛着があるために悲哀などの感情が起こる。この死に接し、次は自分の死であると自覚させられる。
三人称の死:英語での人称「it」「he」「she」などにあたる。いわばアカの他人の死。二人称の死が取り替えのきかない存在なのに対し、他の他人の死でも置き換えられる点に特徴がある。
人間が他の生物と異なる一つの特徴は、人間、とりわけ自分自身がやがて死ぬということを「知っている」ことである。いいかえると、未来を考えることができる動物は人間だけであるといえる。哲学者樫山欽四郎は、『哲学概説』において、人間の本質的な特性として「死を自覚する存在」であることを挙げ、「死を知ることがなければ、人間はこれほど楽なことはない」という趣旨の言葉を述べている[5]。
自己が死ぬことを知っているがゆえに、人間の哲学的営みは始まるのであり、古来より伝わることわざには、「哲学は死の練習である」というものがある。しかし、死を知るということは哲学への契機でもあり、また宗教への契機でもあり、更に、一般に人は、自己の死をどのように受け止めるか受け入れるか、一生をかけて問いかけ続けているともいえる。
突然に事故などで襲ってくる死の場合は、死について考える余裕さえない。しかし、飛行機事故などで、突然に、あと半時間後、一時間後には死ななければならないと自覚された場合など、人は様々な想いに耽り、短時間のあいだに死を受容せねばならない必要に迫られる。
このようなことは、戦場などの特殊な場合を除き、一般市民の日常生活においては稀にしか起こらない。しかし、回復の見込みのない病にかかり、あと、三か月ないし一か月の余命と自覚するケースは特殊なものではない。このようなケースでは、人は、自分が「死なねばならない・間もなく決まった期間の経過後、死ぬ」という事実に向き合い、死の定めをどう受け入れるか、様々な試みを行う。
死を自覚した人が、どのように自己の死の事実と向き合い、どのようにその事実を拒否したり受け入れたりするのか、多数の「死に行く人」と、言葉を交わし、心理治療に従事してきた、キューブラー=ロスは、多くの人が辿る、「死の受容への過程」を次のような段階にモデル的に示している(参考文献1)。
第一段階:「否認と孤立」
病などの理由で、自分の余命があと半年であるとか三か月であるなどと知り、それが事実であると分かっているが、あえて、死の運命の事実を拒否し否定する段階。それは冗談でしょうとか、何かの間違いだという風に反論し、死の事実を否定するが、否定しきれない事実であることが分かっているがゆえに、事実を拒否し否定し、事実を肯定している周囲から距離を置くことになる。
第二段階:「怒り」
拒否し否定しようとして、否定しきれない事実、宿命だと自覚できたとき、「なぜ私が死なねばならないのか」という「死の根拠」を問いかける。このとき、当然、そのような形而上学的な根拠は見つからない。それゆえ、誰々のような社会の役に立たない人が死ぬのは納得できる、しかし、なぜ自分が死なねばならないのか、その問いの答えの不在に対し、怒りを感じ表明する。
第三段階:「取り引き」
しかし、死の事実性・既定性は拒否もできないし、根拠を尋ねて答えがないことに対し怒っても、結局、「死に行く定め」は変化させることができない。死の宿命はどうしようもない、と認識するが、なお何かの救いがないかと模索する。この時、自分は強欲であったから、財産を慈善事業に寄付するので、死を解除してほしいとか、長年会っていない娘がいる、彼女に会えたなら死ねるなど、条件を付けて死を回避の可能性を探ったり、死の受容を考え、取引を試みる。
第四段階:「抑鬱」
条件を提示してそれが満たされても、なお死の定めが消えないことが分かると、どのようにしても自分はやがて死ぬのであるという事実が感情的にも理解され、閉塞感が訪れる。