主な対応事件
1950年代
60年安保闘争
1960年代
70年安保闘争
東大安田講堂事件(1969年(昭和44年)1月16日-1月19日) : 加藤一郎東京大学総長代行の要請により、8千名以上の機動隊員が、東京大学安田講堂を占拠し、明渡しを拒んでいた全学共闘会議学生らを排除して、学生ら633人を検挙した。
1970年代
東峰十字路事件(1971年(昭和46年)9月16日) : 新東京国際空港(現: 成田国際空港)建設予定地で行政代執行が行われた際に、千葉県へ応援派遣されていた神奈川県警察特別機動隊員3名が殉職した。
あさま山荘事件(1972年(昭和47年)2月19日) : 人質を取って立て篭もった連合赤軍の検挙に際して、2名の殉職者を出した。
1980年代
10.20成田現地闘争(1985年(昭和60年)10月20日): 千葉県成田市の三里塚交差点で、極左グループと警視庁機動隊が衝突。241人を公務執行妨害等で現行犯逮捕した。成田空港反対運動終期の、大規模な反対派と警察部隊の衝突であった。
1990年代
大阪西成暴動(1990年(平成2年)10月2-7日) : 日頃の警察の態度と、抗議時の警察の対応に憤慨した労働者達が大阪府警察機動隊と衝突。多数の検挙者を出した。
オウム真理教強制捜索の警備(1995年(平成7年)3月22日) : 山梨県上九一色村の、教団本部施設への強制捜索では、防毒マスクが用意された。
2000年代
サッカー・ワールドカップ警備(2002年(平成14年)) : フーリガンの暴動の予防。
大阪西成暴動(2008年 6月13-18日) : 大阪府西成警察署において取調べを受けた労働者が、警察官に暴力を受けたと主張した。これが発端となり、労働者達と大阪府警察機動隊が衝突。放水車も出動し18人を逮捕したが、警察官も18人が負傷した。
集団警備力によって有事即応体制を保持する常設の基幹部隊。各都道府県警察に置かれる。隊員は専任。警視庁警備部では、第1機動隊から第9機動隊及び特科車両隊の計10隊が置かれている。また、大阪府警と千葉県警に各3隊、神奈川県警と福岡県警に各2隊、その他の道府県警には各1隊が編制されている。
特科車両隊は警視庁のみに設置され、他の機動隊と同様に治安警備、災害警備、雑踏警備等諸般の警備警戒、各種犯罪の予防検挙にあたるほか、特型警備車等で他の機動隊の支援を行う。『警察の機甲部隊』とも云われ、爆発物処理班、化学防護隊や機動救助隊等を保有し、各種災害支援車両(広域レスキュー車)などを装備している。
また、各種事案に対応するため、基本訓練を終えた隊員は、各専門部隊の指定隊員として訓練を受け、部隊を編成している。これらの専門部隊は「機能別部隊」と呼ばれている。
機能別部隊
銃器対策部隊
銃器対策レンジャー部隊
爆発物処理班
機動救助隊(レスキュー110)
広域緊急援助隊
水難救助隊
山岳救助レンジャー部隊
化学防護隊
機動隊自動二輪部隊(MAP)
特殊急襲部隊(SAT)
遊撃捜査部隊
遊撃警ら部隊
儀じょう隊
スカイマーシャル
なお、警視庁と大阪府警察のSATは、組織上、機動隊から独立しており、警備部警備第一課や警備課に所属している。
第二機動隊は、常設の「第二機動隊」を保有しない北海道・京都府及び県の警察に置かれる予備部隊である。常設隊を保有している警視庁・大阪府および各県警察では「方面機動隊」「特別機動隊」と呼ばれることが多い。隊員は一般の制服警察官が兼任しており、平常時は警察署の各部署で通常の警察署員と同様の勤務を行なっている。非常時のみ招集される。このほか一定期間ごとに訓練を行う。
各府県警察に置かれる。府県警察本部長が、当該府県警察に所属する警察官をもって編制する。
各府県警察管区機動隊は地域警察の「警ら隊」等と兼務とし、「管区機動隊」として活動する場合は府県機動隊を補完する活動を行う。
また各府県警察の管区機動隊の連合編成について管区警察局長は、管轄区域内における必要な調整を行なうことになっており、管区機動隊各大隊ごとに1年に1回、管区警察学校に入校して実施する約1ヶ月間の大隊入校訓練を実施している。