2005年8月、小泉首相が成立を目指す郵政民営化法案の採決を巡って、自民党は分裂の危機を迎えていた。衆議院では辛うじて可決されたものの、参議院では自民党内の反対派が党の方針に逆らって反対に回れば、法案が否決される恐れがあった。会期中の成立を絶対とする小泉首相は、参議院で否決された場合は衆議院を解散して国民に信を問うと述べた。小泉首相は、解散して選挙になれば造反議員を推薦しないとしていたため、自民党内では強引な手法に対して賛否が真っ二つに分かれ騒然とした状況になっていた。
郵政法案をめぐる自民党の危機的な状況に、小泉の後見人を自認する森も活発に動いた。まず森は、8月2日、「参議院で否決された場合に衆議院を解散するなら派閥会長を辞める」と発言した。小泉首相の後見人を自称してきた自身の政治生命を賭した捨て身の諫言として、分裂阻止への影響を期待された。しかし8月5日、参議院議員の中曽根弘文が反対を表明すると、参議院の形勢は一挙に否決に傾いた。
つづいて8月6日、森は内閣総理大臣公邸へ小泉首相を訪れて会談し、法案が可決成立できなくても衆議院を解散しないよう説得を試みた。「元々反対の人までが努力して協力している。その人たちを苦しめて何の意味があるんだ」と情を説いた。しかし全く相手にされず説得は失敗に終わった。この会談のあと、森は報道陣の前に缶ビールとミモレットを手にして会見し、「夕食時だから寿司でも取るのかと思ったら、出されたのが缶ビールとスモークサーモン、干からびたチーズ一切れだけだった」とぼやき(実際には高級品である)、前首相であり出身派閥領袖である森へのこのような対応に小泉首相のことを「変人以上」(狂人)と切って捨てるなど怒りを隠さなかった。これにより、加藤紘一元自民党幹事長ら一部から郵政解散は「干からびたチーズ解散」とも呼ばれた。小泉は後日「今度ミモレットの出るおいしいフレンチレストランにご招待したい」というコメントを出した。
8月8日の採決で、自民党からは21人の造反議員が出て、法案は否決された。この結果を受けて小泉首相は衆議院の解散を決定した。同日夜、衆議院解散が決まった直後、森は派閥会長辞任発言をあっさりと撤回してしまった。
9月11日に衆議院総選挙の投開票が行われた。争点を郵政一本に絞り、郵政法案に反対した議員の選挙区に数々の“刺客”を送り込んで話題を呼ぶなどした小泉自民党が、歴史的な大勝利をおさめた(小泉劇場)。
森は選挙後もしばらく清和政策研究会の会長を続けていた。森の政治生命を賭した発言は、いつの間にかうやむやになっていた。後に森は、派閥会長辞任発言は、「法案が否決されれば解散もある」との意味をこめた造反組への最後警告の芝居だった、と説明したという。元自民党議員の政治評論家浜田幸一は、「派閥会長にもっともふさわしくない人間がまたも会長に就いてしまった」と酷評した。
人物内閣府の銘板は森の揮毫を基に作成された
身長175cm、体重100kg超と同年代の日本人男性と比較してもかなりの大柄である。サミットなどで欧米の外国首脳と並んで立っても外見は見劣りしなかった。
父親ゆずりと言われる政治的なカンの鋭さは、少年時代から地元において数々のエピソードを残している。半ば強引に金沢市の高校へ入学しラグビーを始めたのも、早稲田大学へ入学したのも全てその後の人脈づくりのためであったということが伝説化されている。
内閣官房副長官時代、時の総理である福田赳夫と並んで歩いた際SP(セキュリティポリス)と間違えられたことがある。
日本コスタリカ友好議員連盟の重鎮である。衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入された際、同一中選挙区に同一政党の候補者が複数いる場合、候補者を小選挙区と比例代表から交互に立候補させる方式を考案し、コスタリカ方式と命名する(ただし、コスタリカにはこのような選挙制度は存在しない)。
文部大臣になったことがよほどうれしかったらしく、退任後も「文部大臣ならもう一度やってもよい」と周囲に語っていた。
日本体育協会会長、日本プロスポーツ協会会長、日本トップリーグ連携機構会長、日本ドッジボール協会会長、ニューヨーク・ヤンキース松井秀喜選手の後援会名誉会長を務めている。松井の実家と隣の集落出身で、両者とも浜小学校出身である。また1995年参院選ではガンバ大阪前監督釜本邦茂を比例区で、新日本プロレス馳浩を石川選挙区で擁立し当選に導く。1996年総選挙ではプロボクシングの元WBC世界ライト級王者ガッツ石松を東京9区で擁立。
1988年、巨人の投手槙原寛己の結婚披露宴での祝辞で、「最近の巨人軍の結婚式というと子連ればっかりだったが、槙原君はまっとうな結婚式で、本当に良かった。」というスピーチ。その数日前に水野雄仁が子連れ結婚式を行ったのに関することだったが、当の槙原は照れて、水野はばつの悪い顔をして、巨人首脳陣は「デタラメ揃いだから勝てないんだ」と言われているような気がして俯いたが、会場の雰囲気をドッと和やかにして、江本孟紀は「『幸せな家庭を』とか、通り一辺倒なスピーチが多い中で、稀代の名スピーチ」と絶賛していた。
首相在任中の第42回衆議院議員総選挙では小選挙区(石川2区)と比例区(北信越ブロック)と重複立候補。小選挙区比例代表並立制導入後、現職首相が重複立候補したのは今のところ森だけ。森の比例の順位は現職首相でありながら比例で優遇されることなく、他の重複立候補者と同列だった(結果は小選挙区当選)。