磁気双極子相互作用 は2つの核スピンI,Sが直接磁気双極子として相互作用するものである。磁気双極子相互作用のハミルトニアンは
と表される。μ0は真空の透磁率、rはスピンIとSの間を結ぶベクトル、Dは磁気双極子相互作用テンソルである。この相互作用の大きさは化学シフトやスピン結合に比べてはるかに大きい。しかし、磁気双極子相互作用テンソルのトレースは0であるので、この相互作用は観測している原子核が充分に速く等方的に運動しているときには平均化されてラーモア周波数への影響は0となる。一方、固体の通常測定においてはその相互作用の大きさからスペクトルの形を支配する。磁気双極子相互作用による共鳴線の分裂幅はベクトルrと静磁場のなす角度θに対して、3cos2θ-1;に比例する。そのため、角度θの平均値を測定の間3cos2θ-1=0と保つようにすれば固体の測定でも磁気双極子相互作用による分裂を消去できる。これがマジックアングルスピニング法(MAS法)である。
一方、磁気双極子相互作用はほとんどの場合に緩和の機構として主要なものである。
核四極子相互作用 は1以上の核スピン量子数を持つ原子核に存在する相互作用である。1以上の核スピン量子数を持つ原子核は電気四極子モーメントを持つ。電気四極子モーメントを持つ核が電場勾配のある環境に置かれている場合、核の向きによってエネルギーが変わるため、エネルギーの分裂が起こる。NMRと同様に共鳴吸収現象を観測することができ、これは核四極子共鳴(Nuclear Quadrupole Resonance, NQR)と呼ばれる。
核四極子相互作用のハミルトニアンは
と表される。eは電気素量、qは核四極子モーメント、Vは電場勾配テンソル、Qは核四極子相互作用テンソルである。 核四極子相互作用テンソルのトレースは0であるので、この相互作用は観測している原子核が充分に速く等方的に運動しているときには平均化されてラーモア周波数への影響は0となる。従ってNQRの観測も固体中に限定される。
核四極子相互作用の大きさは、対称性のない物質(=物質内の電場勾配が大きい)では他の相互作用よりも圧倒的に大きい。そのため四極子モーメントを持つ核では、その緩和はほとんど核四極子相互作用に支配される。
xy面内に観測可能なマクロの大きさの磁化ベクトルが生じるのは、核スピンの波動関数がα + βのように複数のスピン状態が混合している形で表され、かつ核スピンの集合全体が同じスピン状態を持っている(個々の核スピンの波動関数がコヒーレントな状態である)場合に限られる。核スピンの波動関数のこのような状態をコヒーレンスという。 コヒーレンスがあることとxy面内に磁化ベクトルが存在することは等価ではない。例えば2つのスピンを含む系において波動関数がαα + ββというような状態でコヒーレントになっている場合、xy面内に磁化ベクトルは存在しない。xy面内に磁化ベクトルが生じるのは全スピン量子数が1だけことなる状態のコヒーレンス(一量子コヒーレンス)のみである。αα + ββのような二量子コヒーレンスやαβ + βαのようなゼロ量子コヒーレンスは磁化ベクトルを生じない。 熱平衡状態にあるスピン系に単一の回転磁場パルスを与えると、まず一量子コヒーレンスが生じる。この後、適切なタイミングで適切なパルスを与えることで二量子コヒーレンスやゼロ量子コヒーレンスを生じさせることができる。 一量子コヒーレンス以外のコヒーレンスは直接観測することはできないが、適切なタイミングで適切なパルスを与えることによって一量子コヒーレンスに変換することができ、この一量子コヒーレンスの磁化ベクトルとして間接的に検出することができる。 特定の相互作用を持つスピン系のみを観測しようとする測定手法は、特定のコヒーレンスを経由して発生した磁化ベクトルのみを観測するようにしている。このようなコヒーレンスの選別には磁場勾配パルスや位相サイクルといった手法が利用される。
NMRにおける緩和とは電磁波を受けることによって励起された核がエネルギーを放出して基底状態に戻ること、あるいは核スピンのコヒーレンスが消失することである。緩和の原因となるのは周囲の電子や原子核の持つ磁気双極子モーメントや電気四極子モーメントである。これらから受ける磁場が分子のブラウン運動や結合の回転によって変化する。この不規則な磁場の変動の中のエネルギー準位の差に相当する周波数成分によって状態間の遷移が起こり、緩和が起こる。
複数回の積算を行う場合には、緩和にかかる時間に注意が必要である。スピンが熱平衡状態に復帰していない状態で次の積算の測定が行なわれると、測定される磁化の強度が低下する。しかし、十分に緩和するのを待つよりも積算回数を稼ぐ方がS/N比の改善に効果的なこともある。またコヒーレンスが完全に消失していない場合、パルスの干渉が起こってスペクトルにノイズを生じさせる場合もある。
核自身の持つ電気四極子モーメントは緩和を著しく加速させる。スピン1/2の核は電気四極子モーメントを持たず緩和速度が小さいため、測定に長い時間が必要である。一方、緩和する前にさらにスピンを操作することができるため、これらの核に対しては様々な測定法が開発されている。そのため、核スピン1/2の1H, 13C, 15N, 19F, 29Si, 31P といった核がNMRの測定の中心を占めている。逆に核スピン1以上の核は、一部の核を除けば緩和速度が著しく大きいため、時間とエネルギーの間の不確定性原理によりエネルギー準位に幅ができる。すなわちラーモア周波数に幅があるのでシグナルがブロードとなり分解能が低くなる。
縦緩和はスピン-格子緩和とも言い、磁化ベクトルのz成分(縦磁化)が熱平衡状態の値に復帰する緩和である。電磁波を照射することでエネルギーの高い準位に励起されたスピンが格子にエネルギーを放出しながらエネルギーの低い準位に戻る機構で起こる。この過程はランダム磁場の中のx成分やy成分のラーモア周波数と一致する成分を拾って起こる。縦緩和の時定数は T1 で表される。
横緩和はスピン-スピン緩和とも言い、磁化ベクトルのx, y成分(横磁化)が0に復帰する緩和である。この過程には2種類の機構が存在する。1つはスピンの位相がそろった状態から位相がバラバラの状態になる機構である。この過程はランダム磁場のz成分によって各スピンのラーモア周波数が揺らぐことで起こる。もう1つは準位間の遷移によって横磁化が失われる機構である。この過程は縦緩和と同じくランダム磁場の中のx成分やy成分のラーモア周波数と一致する成分を拾って起こる。横緩和の時定数は T2 で表される。 エントロピー的な要請から、T1 ≧ T2 となる。
磁気双極子相互作用を持つ2つのスピンI,Sには2つのスピン量子数を同時に変化させるような緩和過程が存在する。このような過程を交差緩和という。交差緩和が起こるとエネルギー準位の占有数差が熱平衡状態よりも大きくなることがある。これが核オーバーハウザー効果である。
NMRにおいては磁場パルスによってコヒーレンスを生成した後、さらに磁場パルスを当てることによりコヒーレンスをその核と相互作用のある核に移動させることができる。このことを利用してある原子と別の原子の間の相関を調べるのが二次元NMR分光法である。
二次元NMR においては測定したい相関に応じて、複数のパルスがある決められた順序、時間間隔で当てられる。この順序、時間間隔をパルスシークエンスと呼ぶ。どのパルスシークエンスも大体、準備期-展開期-混合期-検出期の4つの部分からなる。
準備期: 相関を測定したい第1の核にコヒーレンスを生成させる(直接第1の核にパルスを照射してコヒーレンスを生成する場合は準備期は無い)
展開期: 第1の核のコヒーレンスが時間発展する状態
混合期: 第1の核と相互作用のある第2の核へコヒーレンスを移動させる(検出パルスにより直接第1の核から第2の核へ移動させる場合は混合期は無い)。このとき移動するコヒーレンスの大きさは展開期の長さと第1の核のラーモア周波数によって変化する。
検出期: 第2の核からのFIDを測定する。FIDの強度は第1の核から移動したコヒーレンスの大きさに比例する。
展開期の時間の長さ(普通 t1 で表す)を変えていくと、検出期のFIDの強度が第1の核のラーモア周波数で振動する。FID をフーリエ変換した後の第2の核のシグナルの強度も第1の核のラーモア周波数で振動していることになる。そのため、第2の核のシグナルの強度をフーリエ変換すると、第1の核のラーモア周波数を取り出すことができる。これにより相互作用している2つの核の情報を取り出すのが2次元NMRである。