柏市には?が(ヶ)丘という地名が多いが、表記は混在する。
つくしが丘 →が丘が正式表記
ひばりが丘 →が丘が正式表記
大津ヶ丘 →ヶ丘が正式表記
光ヶ丘 →ヶ丘が正式表記
緑ヶ丘 →ヶ丘が正式表記
歴史
柏は、江戸時代はおろか明治時代の初めに至るまで 水戸街道の小金宿と我孫子宿の間に位置する一村落にすぎなかった。が、明治14年(1881年)に水戸街道が国道に昇格したのに伴い駅伝取締所が設置され、ようやく宿駅としての機能を有するようになった。
明治22年(1889年)の市制・町村制施行に伴い 同年10月1日、柏村は戸張村・篠籠田村・松ヶ崎村・高田村等と合併して千代田村を設置し、同日豊四季村とのあいだに千代田村・豊四季村組合を組織した(豊四季村は士族の開墾村であり合併せずに江戸期以来の村々と距離をおいたのである。同村は大正3年(1914年)10月10日千代田村に編入され、組合は解消された)。
明治29年(1896年)12月25日に日本鉄道土浦線(田端?土浦間)が開業し 柏駅がこのとき設置された。明治44年(1911年)5月9日に千葉県営鉄道(柏?野田町間)が開業、大正12年(1923年)12月27日に(旧)北総鉄道の柏?船橋間が開業し、現在に至る柏の鉄道交通の要衝としての地位が整った。
大正13年(1924年)4月10日千葉県立東葛飾中学校(現在の千葉県立東葛飾高等学校の前身)が開設された。地元有志による大正年間中頃からの誘致運動が実ったものだが、東葛飾郡で既に町制を施行している町が12にも上ったにもかかわらず これらを差し置き未だ村制の千代田村に同郡初の旧制中学校を設置する形となった。そのため校名に郡名を冠することになったといわれる。
大正15年(1926年)9月15日に千代田村は町制を施行し柏町となった。柏駅を中心に生まれた新しい繁華街の発展が、それまで千代田村内の有力な大字の一つにすぎなかった柏の名を町全体の名称にまで押し上げたのである。後に、この大字の一つに過ぎなかった柏の名が市制制度により市の名前にまでなる。
満州事変以降の柏は陸軍の軍都としての色彩を強め、陸軍柏飛行場、高射砲連隊、柏陸軍病院(戦後国立柏病院を経て、現在は柏市立柏病院)等が設置された。
終戦を経て 昭和29年(1954年)9月1日、柏町は土村・田中村・小金町と合併して市制を施行し東葛市となった。しかし小金町の有力者の多くは松戸との血縁関係が強かったこともありその大部分をして松戸派で占め、合併後も千葉県議会前で座り込みを行うなどの抗議活動を続けた。そのため、同年10月15日に一部(いわゆる根木内地区)を残して旧小金町域は松戸市に移管された。さらに11月1日には富勢(とみせ)村を東葛市と我孫子町(現・我孫子市)とに分村合併した。11月15日に東葛市は柏市と改称し、結束の強化をはかった。
昭和30年(1955年)12月25日未明に旧市役所裏から発生した大火は柏市街の中心部に大きな被害をあたえた。柏市街は空襲等の戦災に遭っていなかったこともありこのできごとは大きな衝撃を与え、他市に先駆けて柏市が市街地の不燃化に取り組むきっかけとなった。
東京オリンピックの後頃から柏市では市街地再開発の機運が高まり、昭和44年(1969年)に施行された都市再開発法の第1号の指定を受け柏駅前再開発事業を開始した。
昭和46年(1971年)4月20日に国鉄常磐線が複々線開通した。
昭和47年(1972年)10月2日に柏駅に快速ホームが開設され、快速電車が停車するようになった(中距離電車は同日よりデータイムのみ上下とも停車、昭和55年(1980年)9月30日より全てが停車)。
昭和48年(1973年)10月6日に柏駅東口に日本初のペデストリアンデッキ(柏市ではダブルデッキと呼んだ)を供用開始し、また10月10日には大型百貨店のそごうが開業、11月2日には同駅西口に大型百貨店の島屋が開業し、駅前再開発事業は一段落した。
翌12月に突如発生した第1次オイルショックにより柏の大型百貨店は予想外の経営危機にさらされたがこれを乗り切り、現在の千葉県北西部随一の繁栄に至る。
政令指定都市構想
1990年代以降、周辺市町との合併による政令指定都市移行を目指すべきとの議論が一部から提唱されてきたが、平成13年(2001年)に流山市・我孫子市・沼南町との合併研究会を設けるも、流山市および我孫子市は相次ぎ離脱し、残る沼南町とは平成15年(2003年)に合併協議会を設置して協議を進め、平成17年(2005年)3月28日に同町を編入した。これにより人口は約38万人、面積は約115km2に拡大、中核市になるための面積要件を満たすことにより、平成20年(2008年)4月1日に千葉県内では船橋市に続く中核市移行をした。なお合併直前の旧柏市の人口は333.519人、面積は72.91km2であった。
なお現在も、柏市と野田市・我孫子市・流山市・松戸市・鎌ケ谷市のいわゆる「東葛6市」での合併による政令指定都市構想があり、この6市で「政令指定都市研究会」を設けているが、「合併を前提とはしていない」としている。また、船橋市や市川市でも似たような構想があり、松戸市や鎌ケ谷市ではこの方面との合併を模索する動きがあり、4市合併による政令指定都市移行を研究する「東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会」が2007年4月に始まり、2009年3月に報告書を出す予定。千葉県庁は平成12年(2000年)に策定した市町村合併推進要綱では政令指定都市構想に全く言及しなかったが、平成18年(2006年)に策定した市町村合併構想では、枠組みこそ決めなかったが「合併による政令指定都市移行でステップアップを目指すべき地域」とした。