概要柏駅東口。後方のビルは駅西側の「柏?島屋ステーションモール」。2006年9月撮影柏駅東口駅前通り。2006年9月撮影
利根川を挟んで、茨城県との境に位置する。市中央部は東武野田線・JR常磐線(地下鉄千代田線、成田線一部乗り入れ)、国道6号・国道16号が交差する交通の要衝で、東京のベッドタウンとして人口が急増した1970年代以降百貨店(そごう、高島屋、東急ハンズ、丸井)が進出し、東京の衛星都市的な商業地としての機能があり、1980年〜1990年代にかけて東葛地域の商業の中心都市的な性格に移行した。市北部はつくばエクスプレスが通り、大学、研究所、産学連携施設などが集積する文教地区としての顔を持つ柏の葉地域が中心。商圏人口は、約230万人(2001年総務省統計局商業統計表より)。プロサッカークラブ、柏レイソルのホームタウンとして知られる。
市域の大半は下総台地と谷津田から構成され、北端の利根川沿いの地域や、東端の手賀沼に近い地域は低地となっている。海抜が最も低い地点は手賀沼周辺低地で約5m、最も高い地点は市南端(台地部)で約32mである。
川:利根川、利根運河、大堀川、大津川
沼:手賀沼
柏市には〜が(ヶ)丘という地名が多いが、表記は混在する。
つくしが丘 →が丘が正式表記
ひばりが丘 →が丘が正式表記
大津ヶ丘 →ヶ丘が正式表記
光ヶ丘 →ヶ丘が正式表記
緑ヶ丘 →ヶ丘が正式表記
歴史
柏は、江戸時代はおろか明治時代の初めに至るまで 水戸街道の小金宿と我孫子宿の間に位置する一村落にすぎなかった。が、明治14年(1881年)に水戸街道が国道に昇格したのに伴い駅伝取締所が設置され、ようやく宿駅としての機能を有するようになった。
明治22年(1889年)の市制・町村制施行に伴い 同年10月1日、柏村は戸張村・篠籠田村・松ヶ崎村・高田村等と合併して千代田村を設置し、同日豊四季村とのあいだに千代田村・豊四季村組合を組織した(豊四季村は士族の開墾村であり合併せずに江戸期以来の村々と距離をおいたのである。同村は大正3年(1914年)10月10日千代田村に編入され、組合は解消された)。
明治29年(1896年)12月25日に日本鉄道土浦線(田端〜土浦間)が開業し 柏駅がこのとき設置された。明治44年(1911年)5月9日に千葉県営鉄道(柏〜野田町間)が開業、大正12年(1923年)12月27日に(旧)北総鉄道の柏〜船橋間が開業し、現在に至る柏の鉄道交通の要衝としての地位が整った。
大正13年(1924年)4月10日千葉県立東葛飾中学校(現在の千葉県立東葛飾高等学校の前身)が開設された。地元有志による大正年間中頃からの誘致運動が実ったものだが、東葛飾郡で既に町制を施行している町が12にも上ったにもかかわらず これらを差し置き未だ村制の千代田村に同郡初の旧制中学校を設置する形となった。そのため校名に郡名を冠することになったといわれる。
大正15年(1926年)9月15日に千代田村は町制を施行し柏町となった。柏駅を中心に生まれた新しい繁華街の発展が、それまで千代田村内の有力な大字の一つにすぎなかった柏の名を町全体の名称にまで押し上げたのである。後に、この大字の一つに過ぎなかった柏の名が市制制度により市の名前にまでなる。
満州事変以降の柏は陸軍の軍都としての色彩を強め、陸軍柏飛行場、高射砲連隊、柏陸軍病院(戦後国立柏病院を経て、現在は柏市立柏病院)等が設置された。