■可愛い娘探セル■
■18歳以上「入口」■
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特徴
技芸員の正装は赤い紋付に、緑(青に近い色)の袴。
正式な団歌は「あこがれの星座」(作詞・原浩一、作曲・田代与志)だが、実際には「桜咲く国」(OSKと共通)が歌われることが多い。
初舞台生のうち、首席入団生はフィナーレの先頭を切って大階段を降りる栄誉が与えられる。1957年に首席の倍賞千恵子がバトンガール役で先頭に立ったのがきっかけ。
初舞台生は、最初は娘役として舞台に立つが、後に個性に応じて男役に転向する。
宝塚やOSKと違い、公式プロフィールに本名が掲載されていた。
劇団員の中には「幹部」という存在があり、幹部になるためには昇格試験に合格する必要があった。幹部はスターとほぼ同義とみなすことができる。1990年、レビュー終了時にこの仕組みは廃止された。序列は下記の通り
特別大幹部>大幹部>大幹部待遇>幹部>準幹部>ベストテン>>生徒(技芸員)
SKDは映画館・松竹座のアトラクション「松竹楽劇部」として組成された歴史的経緯から、その公演は国際劇場のアトラクションのひとつであり、併映した松竹映画とワンセットの興行形態だった。このため、舞台の内容はほとんどレビューのみであり、人気歌手のショウ等のバックダンサーとしても活躍した。この点から、ライバルは宝塚よりむしろ同じ東宝のNDT(日劇ダンシングチーム)であったともいえる。
興行形式は松竹映画に休憩を挟んでレビュー公演で、レビュー自体は90分が中心であった。
舞台の構成は、日舞や歌舞伎をアレンジした日本物もあれば、バレエ・欧州各国民族舞踏も登場し非常にバラエティに富んでいた。艶やかで派手な衣装を身にまとい、国際劇場の大きな舞台を駆使して華やかな演出で彩っていた。その反面、舞台に一貫性がない、舞台装置が豪華すぎてゴテゴテしているなどの批判もあったが、それこそが良くも悪くもSKDらしさの一つであった。
清楚で貴族的な持ち味の宝塚に対し、お色気と下町趣味がSKDの特徴の一つ。なかでも露出度の高い衣装を身にまとうエイト・ピーチェスはSKDならではの存在。
年間の公演
国際劇場が存在していた当時は、以下の3つの公演がロングラン上演されていた。
2〜6月・東京踊り - 屋台崩し等、舞台を最大限に生かした迫力が特徴。
6〜9月・夏の踊り - 夏らしくフィナーレに水を用いる。
9~12月・秋の踊り
主なミュージカル作品
1979年「カルメン」
1981年「新竹取物語 1000年女王」
1981年「ファンタジア 火の鳥」
1986年「銀河鉄道999 in SKD」
出身者
和田妙子
水の江滝子 女優。通称・ターキー。男装の麗人としてトップスターに。
川路龍子 引退後、SKDの衣裳スタッフとなる。
並木路子 「リンゴの唄」で知られる歌手。
小月冴子
旭輝子 戦前・戦中期のスター。神田正輝の母。故人。神田沙也加は孫に当たる。
草笛光子 女優。日本のテレビバラエティータレントの草分け。
淡路恵子 女優。
野添ひとみ 女優。夫は川口浩。故人。
雪代敬子 女優。
芦川いづみ 女優。
倍賞千恵子 女優。
倍賞美津子 女優。倍賞千恵子の実妹。一時期アントニオ猪木と婚姻関係にあった。
桂木洋子 女優に転じたが黛敏郎と結婚後完全引退、黛りんたろう(平淑恵の夫、演出家)は長男。
瞳はるか 西武ライオンズ選手(当時、現在は同チームコーチ)笘篠誠治夫人で、子役・笘篠ひとみ・笘篠和馬姉弟の実母。(笘篠賢治・松本典子夫妻の兄嫁でもある。)
月城彰子 元女優。歌舞伎役者の十代目岩井半四郎夫人で岩井友見、仁科亜季子の母。
久世蘭子 宮本亜門の母。
関連項目
松竹
国際劇場
OSK日本歌劇団
松竹舞踏音楽学校 - 団員の養成機関。
サクラ大戦シリーズ - 松竹歌劇団がモデルとなった少女歌劇団及び劇場が登場している。
外部リンク
⇒薔薇笑亭 SKD のホームページ
⇒僕のSKDアーカイブス
⇒「SKD松竹歌劇団」関連リンク集
⇒「STAS」オフィシャルページ
⇒OGレビューチーム「MSKD」
この「松竹歌劇団」は、舞台芸術に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(Portal:舞台芸術)。
カテゴリ: 松竹 | ミュージカル | かつて存在した日本の劇団 | 舞台芸術関連のスタブ
更新日時:2008年7月12日(土)14:46
取得日時:2008/08/14 21:38
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Mamenoki