国名 - 首都 の順で表記。
インドネシア - ジャカルタ
カンボジア(カンプチア) - プノンペン
シンガポール - シンガポール
タイ - バンコク
フィリピン(ピリピナス) - マニラ
ブルネイ - バンダルスリブガワン
ベトナム - ハノイ
マレーシア - クアラルンプール
ミャンマー(ビルマ) - ネーピードー
ラオス - ヴィエンチャン
東ティモール - ディリ
パキスタン、インド、バングラデシュも東南アジアに含める人もいるが、それらは南アジアに入れる場合が多い。なお、1954年(昭和29年)10月11日付の産業経済新聞大阪版では、香港、インド、パキスタン、セイロンを東南アジアに含めて解説していた。
19世紀、東南アジア諸国では欧米列強による植民地化が進められた。
インドネシアでは、19世紀初頭には特定の港湾や沿岸部などのみが支配されていたが、次第にイギリス・オランダ間の支配権競争が激しくなり始めた。オランダ政府は、ジャワ島でサトウキビ、コーヒー、タバコなどを強制的に栽培させ、現地の農民は搾取によって貧窮に追い込まれた。それに伴い、各地で抵抗戦争が19世紀末から20世紀初頭まで頻発した。
フィリピンでは、スペイン人を中心とした大土地所有者の下で小作農民が過酷な労働を強いられるアシエンダ制が横行していた。新興地主や知識人階級はこうした社会矛盾に反抗し、フィリピン同盟(1892年結成)などの民族主義運動を起こした。1898年の米西戦争に勝利したアメリカの協力の下、エミリオ・アギナルドはフィリピンの独立宣言を発表し、初代大統領に就任した。しかしその後、領有を主張するアメリカに弾圧され、アギナルドは捕らえられた。
タイは、イギリス、フランスの侵略に悩まされるが、政治や教育などの近代化政策と巧みな外交、領土割譲といった代償によって、東南アジアで唯一独立を保ち、英仏の緩衝国家となった。
シンガポールはイギリスの貿易・軍事の拠点として繁栄し、マレー半島、カリマンタン島(ボルネオ島)の諸王国はイギリスの保護下に置かれた。
東南アジア諸国の歴史については、以下を参照。インドネシアの歴史 - カンボジアの歴史 - シンガポールの歴史 - タイの歴史 - フィリピンの歴史 - ブルネイの歴史 - ベトナムの歴史 - マレーシアの歴史 - ミャンマーの歴史 - ラオスの歴史 - 東ティモールの歴史
赤道に近いため、大部分が熱帯であり、一年中降水量が多い。熱帯特有の急な雷雨、スコールが夏に多く見られる。インドシナ半島はモンスーンの影響を受けて、サバナ気候となる。
関連項目
⇒東南アジア - ウィキトラベル
東南アジア諸国連合(ASEAN) - 東南アジア10カ国(2005年時点)が加盟
参考文献
永積昭 『東南アジアの歴史 新書東洋史(7)』(1977年 講談社)
「国際経済プリズム、米の東南ア援助積極化、経済開発に決意示す、コロンボ計画を通じ拡大」『産業経済新聞大阪版』1954年10月11日月曜日第3面
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