現在、JR東日本などが主体となって当駅周辺の再開発事業が行われている。その第1弾として2007年3月に日本橋口に超高層ビル「サピアタワー」が竣工した。これと同時に一連の再開発地区が「Tokyo Station City(東京ステーションシティ)」と命名された。キャッチフレーズは「東京駅が、街になる。」。同年4月には丸の内口の行幸通り地下に「行幸地下通路」が整備され、10月25日には東京駅改札内地下1階に駅ナカ商業施設「グランスタ」がオープンした。
また、八重洲口では大丸などが入居していた鉄道会館ビルが同月31日をもって閉鎖され、11月6日に超高層ツインタワービル「グラントウキョウ」が竣工した。グラントウキョウノースタワー(国際観光会館ビルの跡地に建設)に大丸が移転し、グラントウキョウサウスタワーの地下に飲食店街「グランアージュ」が整備された。また、八重洲地下街からグラントウキョウサウスタワーとパシフィック・センチュリー・プレイスの地下を経由して京葉線地下改札に至る連続した地下連絡通路が整備された。
なお、これに先立って2006年春に丸の内駅舎内で「東京駅ルネサンス」が開催されている。
八重洲口では、今後鉄道会館ビルを解体し、2012年夏頃にグラントウキョウノースタワー第2期工事が竣工、2013年春頃にグラントウキョウの2棟を結ぶペデストリアンデッキ「グランルーフ」が鉄道会館ビルの跡地に竣工する予定である。八重洲通りの突き当たりに壁のように存在していた鉄道会館ビルが解体されることで、東京湾側から皇居側へ向かう海風が通り抜けやすくなり、ヒートアイランド現象が改善されることが期待されている。
現存する丸の内本屋の赤レンガ駅舎は、1945年の東京大空襲によりその多くが破損した後に1947年に開業当初の姿より一回り規模を縮小して修復したものである。国鉄は戦後度々赤レンガ駅舎の建て替え構想を出しては延期しており、1987年4月の分割・民営化の時には当駅全体の土地の3分割を伴った再開発構想が提案され、赤レンガ駅舎の建て替え高層化か保全をするかが本格的に課題となった。これに対して、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」などによる赤レンガ駅舎保存の市民運動が起こった。
1988年、政府は学識者の委員会による東京駅周辺地区再開発構想を取りまとめ、赤レンガ駅舎の現在地での形態保全の方針を決定し、その後のJR東日本などの検討により本来の形態に復原することとなった。
2007年5月30日より、駅舎を本来の姿に近い形態に復原する[6]工事を行っている。3階の躯体部分を鉄骨鉄筋コンクリート壁で新たに増築の上3階建てに戻し、外壁、尖塔、南北両ドームの内外の意匠を再現させるとともに、地下1・2階を増築して免震装置を設置させる予定である。さらに現在コンコースの壁によって遮られていた駅舎の線路側の外観も見ることができるようになる。なお、工事に伴って2006年3月から営業を休止している駅舎内の「東京ステーションギャラリー」(東日本鉄道文化財団運営)と「東京ステーションホテル」は復原駅舎の完成とともに営業を再開する予定となっており、再開時にはこれらも規模が拡大され、増築する3階部分は東京ステーションホテルのゲストラウンジなどとされる予定である。これに合わせて駅舎正面の駅前広場と行幸通りの再整備も行っている。完成予定は2011年度末である。
復原事業には賛否両論があり、「開業当初の本来の姿を取り戻すべき」という賛成意見と「東京大空襲と戦後の東京駅を記憶に留めるために耐震補強をしつつも現状の形態を維持すべき」という反対意見がある。復原工事費用(約500億円と新聞などで伝えられている)はJR東日本などが「空中権の売買」を行って捻出した(詳細は「特例容積率適用区域制度」参照)。
その他の特徴
えきあど
JR東日本では、鉄道駅としては初めて2006年10月16日から駅構内にSuicaショッピングサービスを利用した私設私書箱「えきあど」を設置している。528箱が使用可能であり、使用可能時間は午前4時から翌日午前0時30分までで、年会費は500円、月使用料金はSサイズが2,400円、Mサイズが4,500円である。使用する際はあらかじめ会員登録を行うが、Suica・PASMO(2007年3月18日以降対応)・ICOCA(2008年3月18日以降対応)が私書箱を開ける際の鍵の代わりとなる。私書箱の宛先は「〒100-○○○○東京都千代田区丸の内1-9-1(○○番号)私書箱」となる。荷物が届くと携帯電話などの電子メールで通知される。
赤煉瓦コンサート
1987年から團伊玖磨を音楽監督に迎えて定期的にコンサートが開催されるようになり、「とうきょうエキコン」の名で多くの人に親しまれた。このイベントは終了したが、2004年10月13日に「赤煉瓦コンサート」の名称で演奏会が復活している。音楽監督には池辺晋一郎が迎えられた。
旅客収入額
当駅の旅客収入額はJR東日本の駅中第1位である(1日平均およそ2億6千万円、2位は新宿駅で同1億6千万円)。また、現在旅客収入額のデータを公開しているJR駅中でも第1位である。どちらも新幹線などの長距離列車の発着が多く、乗車券の単価が高いためである。旧国鉄時代は日本一であった。現在は正確な順位がわからないが、各新幹線が集中し、長距離旅客利用が日本一多い駅であるため、日本一であると見られる。
電化方式
当駅では直流600V(東京地下鉄丸ノ内線)、直流1500V(在来線)、単相交流25000V/50Hz(東北・上越・長野〈北陸〉新幹線)、単相交流25000V/60Hz(東海道・山陽新幹線)と4種類の電化方式が存在する。
機関車列車の発着について
当駅には歴史上11番ホームは存在せず、10番線と12番線の間には機関車回送(機回し)の11番線があった。当駅発のブルートレインの回送は、1973年以降出発の数時間前から神田側の留置線に移動し、本務機(当時はEF65)自らが列車を牽引してホームに進入していた。しかし、1990年代に入ると合理化のために変わった方法で品川の車両基地から回送されるようになった。その方法とは以下のようなものである。この回送方法は「次発列車の機関車がすでにヘッドマークを装着した状態で前列車を回送して来る」「回送運転した機関車が単機で戻る」「それをずっと繰り返す」という点でユニークであった。
一番列車の「富士」は、次に出発する「さくら」を牽引するEF66(すでに「さくら」のヘッドマークを装着)が列車を当駅まで牽引して来る。