東京箱根間往復大学駅伝競走
★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★

[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]


9区(23.2km)

区間記録保持者:篠藤淳(中央学院大学 4年) 1時間08分01秒(第84回大会・2008年)

戸塚中継所→(権太坂)→(横浜駅前)→国道15号→鶴見中継所

2区の裏返し区間で、復路のエース区間。各校のキャプテンが集うことが多い。下り主体のレイアウトだが、長い区間なのできっちりとしたペース配分が必要。

例年、横浜駅前には大勢の駅伝ファンが押し寄せる。

鶴見中継所の手前は他の中継所と異なり、引き込み口からリレーゾーンまで数百メートルの直線があるため、9区のランナーが繰り上げスタート直前に引き込み口に入ってきても繰り上げスタートに間に合わなかった場合、次走者(アンカー)がすぐそこに見えているにも関わらず襷をつなげず次走者がスタートしてしまう光景が過去に幾度も見られる。

この区間での成績が総合成績に最も影響するといっても過言ではない。事実、この区間は逆転が非常に多く、近年では1999年の順天堂大学、2003年の駒澤大学、2006年の亜細亜大学、2008年の駒澤大学がいずれも9区での逆転に成功し、総合優勝を成し遂げている。


10区(23.1km)

区間記録保持者:松瀬元太(順天堂大学 4年) 1時間08分59秒(第83回大会・2007年)

鶴見中継所→(六郷橋)→(京急空港線蒲田踏切)→(新八ツ山橋)→(田町)→(日本橋)→東京・大手町読売新聞社前(復路ゴール)

日本橋経由のコースになったのは第75回大会から。コース全体はほとんどフラットだが、時折ビル風が選手を襲うこともある。また最終区間であり、沿道の観衆も増えることから、プレッシャーが一層かかる区間。ここ数年で各チームとも準エースクラスを配するようになり、選手層の厚さが問われる区間になりつつある。

コース中には京急蒲田駅に隣接する蒲田踏切があり、ランナーの通過が予想される時間に電車の行き先を変更する、列車の発車は京急職員の代用手信号によって許可されるなどの措置が取られる(83回大会から)。万一止められてしまっても、止まっていた時間はロスタイムとして大会本部で計測され、差し引かれる。現在、この区間の立体交差化事業が実施されている。第84回大会(2008年)では、東海大の選手が踏み切り内の線路につまづいて足を痛め、その後20km過ぎで棄権に至るというアクシデントが発生した。


出場チームの取り組み?1年間の流れ?

3月頃まではハーフマラソンなどのロードレースに出て刺激を受ける選手も多い。そのうちに少しずつスピード練習を取り入れていくが、急激な練習の変化で肉離れなどが起きやすいとも言われる。近年はこの時期に合宿を組む大学も現れている。

春の目標は5月中旬の関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)である。参加標準記録があり、種目毎のエントリー人数も限りがあるので、それまでは各大学などで行われる記録会で標準記録を突破する必要がある。日本体育大学、東海大学、順天堂大学などが主催して大学内で行う長距離記録会が有名で、箱根出場大学や一部の実業団選手、高校生も出場する(この標準記録も有効期限内のものでなければいけない。大体至近2年ぐらいであることが多いようである)。予選会出場校はこの関東インカレの結果によってアドバンテージポイントが決定されるため、長距離部門以外の種目の結果も重要になってくる。6月中旬には全日本大学駅伝の関東地区予選会が開催され、シード校を除く多くの大学が顔を合わせる。7月上旬の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)が上半期の締めくくりとなるが、出場の敷居は関東インカレよりも更に高い。

一部のトップ選手の場合には日本選手権など世界陸上オリンピックへの出場を目指して実業団選手と走ることもある。また近年は関東学連による海外遠征に参加する選手もいる。

大学によって時期のずれはあるが、試験の終わる7月下旬からが夏合宿となる。長期間の合宿を組むところや、何回かに分けて練習場所を変えるところもある。また、選手の状態に合わせてAグループとBグループに分け、全く別の場所で行うところもあり、練習のスタイルも異なる。しかし月間で1000キロを超えることは珍しくなく、徹底した走りこみを行うことが特徴だ。合宿の場所は北海道東北地方長野県などの高地や避暑地などが多い。また、前出の世界大会などに出場する選手はチームを離れて別メニューとなることが多い。4年生の場合には就職活動卒業論文などと並行しながら行っている。また教員免許をとる選手の場合には夏、または秋以降に教育実習もある為に、チームを離れることも多く、コンディションづくりも容易ではない。

下半期になると各大学のスタイルは記録会にほとんど出ないところ、予選会突破を目指すところ、出雲駅伝や全日本大学駅伝を目指すところというように分かれてくる。特に駅伝では未経験者を試しに使ったり、様々なオーダーを試す使い方をする。9月頃からは再び頻繁に記録会がある。

予選会に出る大学にとっては10月中旬の本番までに最高の状態にピーキングを持っていかなければならない。従って予選会を突破することが最優先の為、本番の準備(特に5区、6区の山の区間)が遅れがちになる傾向にある。

全日本大学駅伝のあとから短期の合宿を組むところもある。候補としては伊豆大島房総半島など温暖なところがあげられる。

11月下旬に各地で開催されるハーフマラソンや記録会が事実上メンバー選考の舞台となることが多い。エースクラスはともかく、当落線上の選手達にとってはここが正念場である。多くの大学が一堂に会するので、次第に大学間の力関係も浮き上がってくる。ここでの選手記録上位校がスポーツ新聞などの「下馬評」で上位校として取り上げられることが多い。

12月10日(第82回大会は2005年12月9日)までに出場校(チーム)は計16名のエントリーを関東学生陸上競技連盟に提出する。この16人がすなわち箱根駅伝本番への出場権を得た選手と言える。これ以外の選手は付き添いなど、裏方として本番までを過ごす。なお、当日午後から出場校の監督コーチマネージャーがマスコミ向けに記者会見を行う。

12月29日にエントリーした16人の区間エントリーを行う。16人を10人と6人に分け、10人を1区から10区までの区間毎に、残りの6人を補欠選手として登録する。区間エントリーの詳細については後述。

1月2日午前7時に往路のエントリー変更を締め切る。

1月3日午前7時に復路のエントリー変更を締め切る。


区間エントリーの方法

区間エントリーは1区から10区までにエントリーされた選手と補欠選手とに大別される。そして選手には主催者側が用意したナンバーカードが配布される。ナンバーは1区から順に1、2…となり、補欠選手は11番から16番までとなる。既に区間毎に配置された選手は、その区間しか走ることが出来ない。逆に補欠選手は当日のエントリー変更でどの区間にも入ることが出来る。言わばジョーカー的な意味合いを持つ。つまり、往路、復路のエントリー変更とは区間毎の選手と補欠選手間での変更のことで、区間毎の選手を変えることは出来ない(例えば、2区に補欠から選手を入れることは出来るが、2区と4区の走者を変えることは出来ない)。また、区間エントリーで補欠選手と交替した選手は走ることが出来ない。従って当て馬的な要素もある。


今読みたいのですね
わかります

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:103 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen