東京箱根間往復大学駅伝競走
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6区(20.8km)

区間記録保持者:金子宣隆(大東文化大学 3年) 58分21秒(第77回大会・2001年)

箱根・芦ノ湖(復路スタート)→(国道1号)→(芦の湯)→(小涌園ユネッサン前)→(箱根登山鉄道大平台駅前)→(大平台ヘアピンカーブ)→(函嶺洞門)→(箱根湯本駅前)→小田原中継所

旧5区の裏返し区間で、「山下り」区間と呼ばれる。下りは予想以上にひざに負担がかかるため、箱根湯本駅前過ぎからの残り3kmの平坦な道は、選手にとって上り坂に感じるといわれ、ここから1分以上の差をつけられることもある。5区の距離延長と同時に6区の距離短縮も検討されたが、中継所の問題などから見送られた。

区間記録は2000年のコース変更後のもの(東海道杉並木を通るコース→元箱根を通るコースに変更。距離は変更前と変わらず)。変更前の99年大会に中澤晃(神奈川大学)が58分06秒という記録を出している。

朝8時台のスタートということもあり気温も低く、体温低下を防ぐため長袖のユニフォームで走る選手が多い。また、近年アームウォーマーを用いて体温調節をする選手も増えてきている。


7区(21.3km)

区間記録保持者:佐藤悠基(東海大学 3年) 1時間02分35秒(第84回大会・2008年)

小田原中継所→(小田原本町)→(二宮)→(大磯)→(国道134号)→平塚中継所

ほぼ旧4区の裏返し区間。10区間中最も走りやすい区間と言われるが、前半の小刻みなアップダウンのほかに、山から海に出る際の大幅な気温の変動に注意したい。

大磯には道の中央に松並木がある。この松並木、冬が来る前に地元の方々によって藁を幹の周りに巻くなどの手入れがなされている。近年はこの木を地元学校の総合学習に生かすこともあると言う。


8区(21.5km)

区間記録保持者:古田哲弘(山梨学院大学 1年) 1時間04分05秒(第73回大会・1997年)

平塚中継所→(湘南大橋)→(茅ヶ崎)→(浜須賀交差点)→湘南新道→(藤沢)→国道1号→戸塚中継所

3区の裏返し区間。前半はフラットで走りやすいが、藤沢を越えると通称「遊行寺の坂」が待ち構えるタフなコース。ここでどれだけ力のあるランナーを置けるかが逆転・シード権獲得への鍵となる。

この区間は太平洋側気候内陸性気候の境目にあたるため、特にスタート時とゴール時の気温差が激しく、なおかつ日差しが強いと、遊行寺の坂付近で脱水症状を起こしやすい。ここでブレーキを起こすと後の2区間に大きな影響を及ぼすこともあるため、体調管理も重要な区間と言える。

この区間は当日のエントリー変更が多いことでも知られる。多い年には3分の2近くが入れ替わる。

区間記録は現在のコースで最も古いものである。


9区(23.2km)

区間記録保持者:篠藤淳(中央学院大学 4年) 1時間08分01秒(第84回大会・2008年)

戸塚中継所→(権太坂)→(横浜駅前)→国道15号→鶴見中継所

2区の裏返し区間で、復路のエース区間。各校のキャプテンが集うことが多い。下り主体のレイアウトだが、長い区間なのできっちりとしたペース配分が必要。

例年、横浜駅前には大勢の駅伝ファンが押し寄せる。

鶴見中継所の手前は他の中継所と異なり、引き込み口からリレーゾーンまで数百メートルの直線があるため、9区のランナーが繰り上げスタート直前に引き込み口に入ってきても繰り上げスタートに間に合わなかった場合、次走者(アンカー)がすぐそこに見えているにも関わらず襷をつなげず次走者がスタートしてしまう光景が過去に幾度も見られる。

この区間での成績が総合成績に最も影響するといっても過言ではない。事実、この区間は逆転が非常に多く、近年では1999年の順天堂大学、2003年の駒澤大学、2006年の亜細亜大学、2008年の駒澤大学がいずれも9区での逆転に成功し、総合優勝を成し遂げている。


10区(23.1km)

区間記録保持者:松瀬元太(順天堂大学 4年) 1時間08分59秒(第83回大会・2007年)

鶴見中継所→(六郷橋)→(京急空港線蒲田踏切)→(新八ツ山橋)→(田町)→(日本橋)→東京・大手町読売新聞社前(復路ゴール)

日本橋経由のコースになったのは第75回大会から。コース全体はほとんどフラットだが、時折ビル風が選手を襲うこともある。また最終区間であり、沿道の観衆も増えることから、プレッシャーが一層かかる区間。ここ数年で各チームとも準エースクラスを配するようになり、選手層の厚さが問われる区間になりつつある。

コース中には京急蒲田駅に隣接する蒲田踏切があり、ランナーの通過が予想される時間に電車の行き先を変更する、列車の発車は京急職員の代用手信号によって許可されるなどの措置が取られる(83回大会から)。万一止められてしまっても、止まっていた時間はロスタイムとして大会本部で計測され、差し引かれる。現在、この区間の立体交差化事業が実施されている。第84回大会(2008年)では、東海大の選手が踏み切り内の線路につまづいて足を痛め、その後20km過ぎで棄権に至るというアクシデントが発生した。


出場チームの取り組み?1年間の流れ?

3月頃まではハーフマラソンなどのロードレースに出て刺激を受ける選手も多い。そのうちに少しずつスピード練習を取り入れていくが、急激な練習の変化で肉離れなどが起きやすいとも言われる。近年はこの時期に合宿を組む大学も現れている。

春の目標は5月中旬の関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)である。参加標準記録があり、種目毎のエントリー人数も限りがあるので、それまでは各大学などで行われる記録会で標準記録を突破する必要がある。日本体育大学、東海大学、順天堂大学などが主催して大学内で行う長距離記録会が有名で、箱根出場大学や一部の実業団選手、高校生も出場する(この標準記録も有効期限内のものでなければいけない。大体至近2年ぐらいであることが多いようである)。予選会出場校はこの関東インカレの結果によってアドバンテージポイントが決定されるため、長距離部門以外の種目の結果も重要になってくる。6月中旬には全日本大学駅伝の関東地区予選会が開催され、シード校を除く多くの大学が顔を合わせる。7月上旬の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)が上半期の締めくくりとなるが、出場の敷居は関東インカレよりも更に高い。

一部のトップ選手の場合には日本選手権など世界陸上オリンピックへの出場を目指して実業団選手と走ることもある。また近年は関東学連による海外遠征に参加する選手もいる。

大学によって時期のずれはあるが、試験の終わる7月下旬からが夏合宿となる。長期間の合宿を組むところや、何回かに分けて練習場所を変えるところもある。また、選手の状態に合わせてAグループとBグループに分け、全く別の場所で行うところもあり、練習のスタイルも異なる。しかし月間で1000キロを超えることは珍しくなく、徹底した走りこみを行うことが特徴だ。合宿の場所は北海道東北地方長野県などの高地や避暑地などが多い。また、前出の世界大会などに出場する選手はチームを離れて別メニューとなることが多い。4年生の場合には就職活動卒業論文などと並行しながら行っている。また教員免許をとる選手の場合には夏、または秋以降に教育実習もある為に、チームを離れることも多く、コンディションづくりも容易ではない。

下半期になると各大学のスタイルは記録会にほとんど出ないところ、予選会突破を目指すところ、出雲駅伝や全日本大学駅伝を目指すところというように分かれてくる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki