東京大学の起源は、1684年(貞享元年)に江戸幕府が設立した天文方と、1858年(安政5年)に江戸の医者の私財によって設立された神田お玉ヶ池種痘所まで遡る。1797年(寛政9年)に創設された昌平坂学問所(昌平黌)も東京大学の源流となっている(1871年に廃止されたため組織的に直接のつながりはない)。天文方はその後、1857年(安政4年)に蕃書調所、1862年(文久2年)に洋書調所、1863年(文久3年)に開成所と変遷していった。また、種痘所も1860年(万延元年)に江戸幕府へ移管された後、1861年(文久元年)に西洋医学所、1863年(文久3年)に医学所と変遷していった。
これら3つの教育機関は1868年(明治元年)に、開成学校、医学校、昌平学校となった。それぞれ洋学、西洋医学、国学・漢学の教育機関であったが、1869年(明治2年)にはこれらを統合するため、昌平学校が大学校(本校)となり、開成学校および医学校が大学校分局とされた。同年のうちに大学校、開成学校、医学校は大学、大学南校、大学東校と改称されたが、1870年(明治3年)には学制改革により大学が閉鎖されてしまう。1871年(明治4年)に大学は廃止され、大学南校、大学東校は南校、東校と改称された。両校は1874年(明治7年)にそれぞれ東京開成学校、東京医学校と改称された。1877年(明治10年)4月12日に東京開成学校と東京医学校が合併して東京大学となり、日本で初めての近代的な大学が設立された(なお、4月12日は現在「東京大学記念日」となっており、この日に入学式が行われている)。
本稿ではこの経緯から創立は天文方の設置年である1684年、設立は東京大学が誕生した1877年としている(なお、日本最古の大学については大学寮参照)。東京大学設立後の沿革については以下の年表を、歴代の総長については東京大学の人物一覧#歴代総長を参照のこと。
年表
1877年4月12日 東京開成学校と東京医学校が合併し「東京大学」設立(旧東京開成学校を改組して法・理・文の3学部、旧東京医学校を改組して医学部を設置、東京大学予備門を付属)
1878年12月 文部省、東京大学に学位(学士号)の授与権を与える
1879年4月 東京大学の授与する学士号を法学士・理学士・文学士・医学士・製薬士とする
1880年8月 法理文の3学部に学士研究科を設置(大学院の前身)
1881年6月 東京大学職制を制定(東京大学に総理を置き、4学部と予備門を統括)
1884年10月 東京大学副総理を置く
1885年9月 東京法学校を法学部に統合。工芸学部設置(理学部より分割)
1886年3月 工部大学校を統合し、帝国大学令により「帝國大學」と改称(法・医・工・文・理の5分科大学および大学院を設置)
1887年7月 分科大学卒業生に授与する学士号は称号とし法学士・医学士・薬学士・工学士・文学士・理学士とする
1888年11月 東京天文台を設置
1890年6月 東京農林学校を統合し、農科大学を設置
1897年6月 京都帝国大学の設置に伴い「東京帝國大學」と改称
1916年4月 伝染病研究所を設置。
1919年2月 分科大学制を廃し学部を設置。経済学部を新設
1921年4月 学年を4月1日から翌年3月31日までとする
1921年7月 航空研究所を設置
1925年11月13日 地震研究所を設置
1939年1月 平賀粛学により、経済学部が壊滅状態となる
1941年11月 東洋文化研究所を設置
1942年3月 千葉県千葉市に第二工学部を設置。本郷の工学部は第一工学部に改称
1944年1月 南方自然科学研究所を設置
1945年1月 輻射線化学研究所を設置
1946年 南方自然科学研究所を改組して立地自然科学研究所を設置
1946年3月 航空研究所を改組して理工学研究所を設置
1946年8月 社会科学研究所を設置
1947年9月 「東京大学」に改称
1949年5月 旧制第一高等学校・旧制東京高等学校高等科を併合し、新制の東京大学となる(法・医・工・文・理・農・経済・教養・教育の9学部)。第二工学部を廃止し生産技術研究所へ改組。新聞研究所を設置
1950年 輻射線化学研究所を廃止
1950年5月 文学部附属の史料編纂所を東京大学附置研究所とする
1951年3月 教育学部附属中学校・高等学校を設置
1952年 立地自然科学研究所を廃止
1953年3月 新制の大学院を設置(人文科学・社会科学・数物系・化学系・生物系の5研究科)
1953年7月 応用微生物学研究所、宇宙線観測所(全国共同利用研究所)を設置