21番ゲート右側に野球体育博物館が併設されている。この施設も後楽園球場から受け継がれたものである。
施設概要東京都文京区後楽一丁目付近の風景 ライトアップされた東京ドーム
建物
高さ - 56.19メートル
階数 - 地上6階/地下2階
建築面積 - 46,755平方メートル
容積 - 1,240,000立方メートル
エアドーム - 28本のワイヤを8.5メートル間隔で縦横に貼り、その間をガラスクロス(織物)の表面をフッ素樹脂でコーティングした素材で貼り合わせてある。素材は耐候性、耐熱性、非粘着性に優れ不燃材料である。内膜は音を吸収する特性もある。耐用年数は20年以上。総重量は400トン。太陽光の約5%を透過する。施工は太陽工業。
外膜は厚さ0.8ミリメートル。アメリカのケミカル・ファブリックス社製品。
内膜は厚さ0.35ミリメートル。中興化成工業社製品。
エアドームを膨らませておくために気圧を外気圧より0.3%高くする。そのため送風ファンを合計36台設置している。ドア開閉がある場合は10台から18台を稼働させ、ドア閉鎖時は2台で気圧を維持する。
備考 - 夜間はライトアップされる。
落成・供用開始日
落成式 1988年3月17日
公式戦開始日 同年3月18日
一般使用開始日 同年12月24日
エピソード一塁側より撮影(日本ハムファイターズ東京本拠地最終戦)
公式戦ではじめてホームランを打ったのはヤクルトスワローズのダグ・デシンセイである(ちなみに巨人の東京ドーム公式戦初本塁打は、ウォーレン・クロマティ)。前述のこけら落としのオープン戦も含めると吉村禎章が打っている。初の公式戦勝利投手は尾花高夫、初の公式戦セーブは伊東昭光、初の公式戦敗戦投手は桑田真澄。
1998年、開場10周年を記念して1番ゲートを「王ゲート」、3番ゲートを「長嶋ゲート」と称された。これは後楽園球場時代の名残である。2000年、二人は読売巨人軍VS福岡ダイエーホークス(当時)の日本シリーズで監督として対決となるが同球場では1塁側ベンチを巨人の長嶋、3塁側ベンチをダイエーの王が使用している。
2002年の日テレG+開局からは日本テレビのニュース番組のスポーツコーナーでの放送と実況放送を分離する放送を開始。
2004年まで日本プロ野球は観客数を実数ではなく水増しした数字で発表していたが、東京ドームの場合も巨人戦の観客数を実際の入場者数に関わらず55,000人(1988年から1994年までは56,000人と発表)と発表していた。2005年からはプロ野球全体で観客数は実数に近い発表になったことに伴い、東京ドームでも実際に入場した人数を元に発表を行っている。
1988年10月7日朝日新聞22面に既に「東京ドームの定員は46,314人、そのうち立ち見2,976人」とあり、2005年4月13日の産経新聞に改修を得て現在の数字に落ち着いたとある。最多動員を記録(主催者発表70,000人)した1998年4月4日の新日本プロレス主催のアントニオ猪木引退試合のように、イベントではグラウンド部分をアリーナ席として使用することが多い。
1990年代の新日本プロレス主催の大会においては「闘強導夢」という当て字が使用されていた。
2004年にストロングリーグによっておこなわれた全国軟式野球統一王座決定戦・ジャパンカップの決勝戦では、草野球大会としてはじめて沖縄県のチームが来場し千葉県代表チームに勝利し優勝を飾り、胴上げをおこなった。
かつて外野ライトスタンド(一階レベル)から一塁側内野スタンドへ通じる広大なコンコースが存在していた。オープン当初は売店等が立ち並び、外野と内野を行きかう人々で賑わっていたが、数年で閉鎖された。現在は外野側、内野側いずれもシャッターで閉ざされ中に入ることはできない。閉鎖後は倉庫として使用されている。
1988年の開場から2005年までの間、東京ドームにおいて巨人の対戦相手が公式戦・日本シリーズを通して巨人の目の前で優勝を決め胴上げをしたということはなかったが、2006年10月10日の読売ジャイアンツ - 中日ドラゴンズ戦で中日が優勝を決め、落合博満監督の胴上げが行われたことでこのジンクスは破れた(巨人の本拠地で最後に胴上げした巨人以外の球団は、後楽園球場時代の1975年、広島東洋カープだった)。東京ドームで胴上げを経験したことがある巨人の監督は現在は藤田元司(1990年)、長嶋茂雄(2000年)の両監督(奇しくも二度とも背番号7をつけた巨人の選手〈1990年?吉村禎章、2000年?二岡智宏〉がサヨナラホームランで優勝を決めている)と、2007年の原辰徳の3人である。なおこの3名はいずれもサヨナラ勝ちで優勝を決めている。また、長嶋は1994年、2000年と日本シリーズで優勝しており、そのときも東京ドームで胴上げをしている。日本ハムファイターズは東京ドーム時代は優勝がなかった(2006年のアジアシリーズでは、本拠地としてではないが初めて優勝を決めた。これが日本ハムにとって東京ドームで初優勝となる)。
東京ドームは、巨人軍の本拠地だけに読売新聞グループ本社の子会社であると捉えられる場合があるが、グループ本社との資本関係は無い。ただし企業としての株式会社東京ドームは、よみうりランドの大株主の一社である。