屋根は空気膜構造と呼ばれるもので、内部の空気圧を外部よりも 0.3%(3ヘクトパスカル)高くして膨らませている[1]。圧力差を維持するために出入り口に手動式回転ドアやエアロックが設置されている(ドア開放は空気が抜けてしまうので出来ない)。ドームから外に出る際、回転ドアで気圧のため外に押し出されるような感じになる。隣接する小石川後楽園の日照に配慮するため、屋根の高さが外野方面に向かって低くなっていくように設計されている。
2002年(平成14年)から「フィールドターフ」と呼ばれる新型人工芝を、日本の野球場で初めて採用した。天然芝に近い感触の特殊な繊維とクッション材を採用し、選手の負担を軽減できる工夫を凝らした。
ドームの広さは約216メートル四方で建築面積は46,755m2、容積は約124万m3。日本(特に東日本)では建物・場所などの面積や大量の物の体積・容積を表現する際に「東京ドーム何個分(何杯分)」という表現が使われることもある(ちなみに西日本、特に関西では「甲子園球場何個分」という表現が一般的である)。
2007年(平成19年)の大改修で喫煙コーナーを廃止して完全に煙の漏れない喫煙室を新設し、ドーム球場での完全分煙を実現した。
フィールド東京ドーム 4階席からのフィールド全景国土交通省 ⇒国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。中央付近の白い建物。1989年撮影
両翼100メートル・中堅122メートル。国際基準に適合した広さで設計されているものの、敷地面積の都合で左中間・右中間(110メートル)が狭い。日本での一般的な野球場のイメージである「扇型」よりは、アメリカのリグレーフィールドやUSセルラー・フィールドのようにむしろ「矩形」に近い。同じドーム球場でも、扇形のフィールドを持つナゴヤドームと比べると、中堅・両翼までの距離はほぼ同じだが左中間・右中間がほぼ直線状であるため6?8メートルほど狭く、フェンスが低いこともあってホームランが出やすい。外野フェアゾーン側の客席が極端に少ないため、ホームランが最上段の看板へ直撃した時点では「特大ホームランの放物線の下りはじめ」程度である(看板位置の高さ、当たり方などからホームランの飛距離を推定しているようである)。
フィールドには人工芝を採用している。2002年からは、試合会場としては日本で初めて天然芝に近い性質を持つといわれるハイテク人工芝「フィールドターフ」を導入したものの、イベントなどで踏み荒らされるなど数年で踏み固められてしまった。2006年に巨人がシーズン当初の好調から故障者が続出し一転して低迷したが、読売ジャイアンツの滝鼻卓雄オーナーは低迷の要因の一つとして人工芝を挙げ、東京ドーム側に改善を要望すると、東京ドームではシーズン中の6月にリフレッシュ工事を行い若干の改善が見られた。2007年3月には人工芝「フィールドターフ」を耐久性、衝撃吸収力が向上した改良型へ総張り替えを実施した。
グラウンド地下には一周400メートルのバンク(競走路)が収納されている(後楽園競輪場跡地に建てられており、将来の後楽園競輪復活も視野に入れているため)。年に一度、「自転車フェスティバル」と題して、模擬競輪など競輪・自転車競技に関するイベントが行われている。
ホームランの出やすさの理由は、まずその左中間・右中間の狭さという構造上の問題がある。そしてそれ以外に「エアドーム方式」のためという声は根強く、一部のアンチ巨人などは巨人が一発攻勢で勝利した場合には人為的な現象があったとして、「空調」あるいは「ドームラン」といった独特の表現を用いる。
なお実際の空調設備は新日本空調が担当している。
もっとも球場ごとのホームランの出やすさを示すパークファクターの2007年の数値は、明治神宮野球場、横浜スタジアムの各球場のほうが東京ドームのそれより高い。だが、ドームの何かの要素を人為的に操作しているという意見に信憑性はないが、同じく空気膜構造屋根を持つメトロドーム(アメリカ合衆国ミネソタ州)もホームランが出やすい球場と言われたり、元球場職員の「ホームチームに有利になるよう、強力なファンで強風を送っていた」といった記事がタブロイド紙に掲載されたことがある。しかしメトロドームの2001年から2006年までのパークファクターが基準値の1点を上回ったのは6年間で2度しかなく、同球場はホームランの出にくい球場であるとのデータが出ている。同タイプの野球場がこの2球場のみで比較対象が少ないが、空気膜構造屋根をホームランが出やすい理由とするだけの証拠データは存在していない。
それでも「ドーム元年」は、甲子園球場にラッキーゾーンが張られ、両翼わずか90メートル前後のナゴヤ球場や川崎球場が現役だった時代であった。しかし甲子園のラッキーゾーンが撤去されナゴヤドームがオープン。パリーグのフランチャイズ球場もすべて大型化し、2008年シーズンからは神宮球場も外野フェンスを拡張。さらに翌年は広島も新球場を使用する。そのため、2009年には日本で1、2を争う狭い球場となる。
ホームランが出やすい球場と仮定した場合、敵味方に与えられる条件が同じならば、そのホームランが出やすいという地の利を利用し本塁打を量産する選手を並べて戦うことが、東京ドームで勝利することへの近道となる。1990年代中盤の巨人のスターティングメンバーには、巨人が主軸に成長した松井秀喜、FA移籍した清原和博など大型選手をオーダーに並び、看板直撃弾が試合の華となった。もっともこの戦略は投手力を軽視することで、かえって優勝を逃すケースが多くなっている。
巨人に在籍した石毛博史投手は「東京ドームで投げると呼吸が苦しくなることが多かった。」と語っていた。