李登輝
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文学・思想

中学・高校時代に鈴木大拙阿部次郎倉田百三夏目漱石らの日本の思想家や文学者の本に触れ、日本の思想から影響を受ける。また、日本の古典にも通じており、『古事記』・『源氏物語』・『枕草子』・『平家物語』などを読む[22]。宗教に関しては、キリスト教長老派を信奉している。また、台湾総督府民生長官を務めた後藤新平を「台湾発展の立役者」として高く評価している[23]


略歴

1923年大正12年)1月15日、当時の台北県三芝郷埔坪村に生まれた。父の李金龍は警察官。母は江錦。一つ上の兄は李登欽。 

1929年 - 淡水公学校入学。

1935年 - 淡水公学校尋常科卒業。

1936年 - 淡水中学校入学。

1940年 - 台北高等学校入学。

1943年 - 京都帝国大学農学部農林経済学科に入学。のち、学徒出陣。終戦時の階級は陸軍少尉。

1945年 - 2月15日、兄の李登欽がルソン島マニラ市のマニラ湾において戦死。享年24。大日本帝国軍人として靖國神社に祀られる。

1946年 - 台湾に帰って台湾大学に編入し学業を継続した。

1947年 - 二・二八事件が発生するが、難を逃れる。

1949年 - 2月、曽文恵と結婚。8月、台湾大学で農業経済学士の学位を取得し卒業し、同大学助手に。

1951年 - 中米基金奨学金を受けアメリカのアイオワ州立大学で農業経済学を研究する。      

1953年 - アイオワ州立大学より農業経済学の修士号を取得。帰国後、台湾大学の講師に。

1954年 - 台湾省農林庁技師および農業経済分析係長を兼務。

1961年 - キリスト教に入信。

1968年 - アメリカのコーネル大学より農業経済学の博士号を取得して帰国。

1970年 - 国連よりタイバンコクでの講演依頼をうけるが、要注意人物のため出国できず。

1971年 - 中国国民党入党。

1972年 - 行政院政務委員に就任。

1978年 - 台北市長に就任(当初行政院政務委員兼務)。

1981年 - 台湾省政府主席に就任。

1984年 - 副総統に就任。

1988年 - 1月13日、蒋経国総統の死去により総統を継承。

1995年 - 総統就任後初渡米し、母校コーネル大学で講演。

1996年 - 中華民国史上初の総統直接選挙を実施し勝利。

1999年 - 7月、一つの中国政策についてドイツの放送局によるインタビューに答え、「中国と台湾の関係は特殊な国と国との関係」であると定義し、中国共産党から強い反発を受ける。10月、『台湾の主張』で山本七平賞を受賞。

2000年 - 3月、総統選挙で国民党の連戦候補が惨敗した責任を取り、同党主席を辞任。12月、拓殖大学から日本では初めてとなる名誉博士の称号を贈られた。

2001年 - 4月、心臓病治療のため来日。岡山県倉敷市などを訪れた。7月、台湾団結連盟を立ち上げ、精神的指導者となる。9月、これが反党行為とみなされ、国民党を除名。

2002年 - 10月、慶應義塾大学の学術サークル「経済新人会」が同大学の学園祭「三田祭」での講演を依頼したため来日する意向が伝えられる。11月、日本政府が李登輝のビザの発給を拒否したため、訪日と講演が中止になる。

2003年 - 12月12日中央大学の学生主催のインターネット講演会で日本人向けの講演を行った。

2004年 - 12月27日、3年8ヶ月ぶりに訪日。

2007年 - 5月30日、約2年半ぶりに来日。6月1日、第1回「後藤新平賞」受賞(後藤新平の会主催)。

2008年 - 9月22日、1年4ヶ月ぶりに来日。


主な著書

信仰―わが心の内なるメッセージ』 早稲田出版、1989年

『台湾がめざす未来―中華民国総統から世界へのメッセージ』 柏書房、1995年

『これからのアジア』 光文社<カッパ・ブックス>、1996年(共著:加瀬英明

『台湾の主張』 PHP研究所、1999年

『台湾大地震救災日記』 PHP研究所、2000年

『アジアの知略―日本は歴史と未来に自信を持て』 光文社<カッパ・ブックス>、2000年(共著:中嶋嶺雄

『李登輝学校の教え』 小学館、2001年(共著:小林よしのり

『「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは』 小学館、2003年

『李登輝実録―台湾民主化への蒋経国との対話』 産経新聞出版、2006年

『最高指導者の条件』 PHP研究所、2008年



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki