詳細は朝鮮の歴史を参照
朝鮮半島は、歴史的に何度も様々な国が分裂、統一を繰り返してきた。また、北朝鮮の占有する半島北部の一部は漢、元など半島外の勢力による支配を受けたり、高句麗や渤海国のように半島北部から中国東北部にまたがる勢力をもった国家が存在したこともあって、その歴史は複雑である。ただし、高麗王朝以降は統一国家が持続し、朝鮮王朝期には、朝鮮の地域範囲が確定した。また、住民の均質化も進行していき、現在では朝鮮民族としてほぼ均質化された人々が、朝鮮全土に広がって居住している。
朝鮮王朝(大韓帝国)は、1910年に日本帝国政府と大韓帝国政府による合併によって姿を消し(日韓併合)、日本(日本帝国)の一部となった。大東亜戦争(第二次世界大戦)において日本が敗北し、1945年9月2日の降伏文書調印により正式に日本の朝鮮半島統治は終了したが、終戦直後から、北緯38度線以南をアメリカ合衆国(米国)に、38度線以北をソビエト連邦(ソ連)に占領され、それぞれの軍政支配を受けた。その後、米ソ両国は朝鮮の信託統治実現を巡って決裂し、それぞれの支配地域で政府を樹立する準備を開始した。その結果、1948年8月15日にアメリカ軍政地域単独で大韓民国が樹立された。これに対して同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が成立した。両国の成立によって朝鮮半島の分裂は固定化された。
詳細は朝鮮民主主義人民共和国の歴史を参照
南北朝鮮の両国は、互いに「朝鮮における唯一の正統な政府」であると主張して対立を深め、遂には1950年に北朝鮮が韓国に対して侵攻することにより朝鮮戦争に至った。朝鮮全土を破壊した戦争は1953年に休戦を迎えたが、軍事境界線が制定されたことで朝鮮の分断が確定化された。朝鮮は現在も停戦状態のまま南北に分断されており、分断が固定された状態は50年以上続いている。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、金日成が建国当初から1994年の死去まで最高指導者の位置を占めた。金日成の死後、実子である金正日が1997年に朝鮮労働党総書記に就任した。そして1998年には、憲法改正で国家主席制を廃止すると共に、最高人民会議で国防委員長に再任されることで事実上の最高指導者となった。一方で独裁体制のもとで経済が低迷し、冷戦構造の崩壊によって国際的にも孤立した状態となった。北朝鮮政府は経済支援を引き出すために、多くの国に対し国交樹立に向けて取り組みを行なった。その結果、1999年以降に相次いで国交を樹立した他、2000年には南北首脳会談の開催に成功した。しかし、核兵器開発計画を巡って、アメリカ合衆国との間では緊張状態が継続した他、日本との国交締結交渉は、日本人拉致問題や日韓併合及びその統治に対する賠償などで意見が対立し、締結には至っていない(日本統治時代の賠償に関しては、日韓基本条約により問題が更に複雑化している。当該項の北朝鮮に関する記述を参照)。
朝鮮戦争後、朝鮮民主主義人民共和国は、他の社会主義国家から支援を受けながら経済を発展させ、1970年代までは大韓民国に対し国力で優位を保っていた。しかしその後経済事情が悪化、特にソビエト連邦(ソ連)崩壊によるソ連からの重油供給停止が引き金となり、1990年代半ばにかけて経済は衰退した。 同時に国内各地では食糧不足が深刻化し、各国の支援にもかかわらず、食料配給制度の崩壊などにより内陸の農村部を中心に餓死者が出る事態となった。それに伴い、多くの人々が食料を求めて中華人民共和国へと密入国し、脱北者問題が国際的に注目されるようになった。ただし、1999年以降は、中韓両国の経済協力などによって、国内総生産 (GDP) は回復しつつある。もっとも、経済状況は、いまだ1970年代の水準で停滞したままでいる。
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