14世紀、高麗は元の北走後、鴨緑江と豆満江まで勢力を回復し、高麗に代わって建国した李氏朝鮮(←朝鮮)の初期のころまでに豆満江一帯の女真族は朝鮮に同化されたと見られ、これにより朝鮮半島のほぼ全域が朝鮮民族の住む土地となった。
20世紀前半には日韓併合により、日本(内地)から日本人が都市部を中心に多く住んでいた。
詳細は朝鮮の歴史を参照
石器などが発見されていることから、数万年前から人が住んでいたと思われるが、現在の朝鮮民族との直接のつながりは明らかでない。紀元前4000年ごろから南部・西部で稲作が始まったとした意見もあるが、証拠となる史料など見つかっていない。朝鮮半島において学術的な検証が可能となる最初の国家は衛氏朝鮮である。衛氏朝鮮の建国に関しては考古学的に証明できていないが、『三国志』によれば、燕出身の将軍であった衛滿が箕子朝鮮の王・箕準を追い出して立てたことになっている。衛氏朝鮮は三代衞右渠の時、漢の武帝に滅ぼされ、領地は楽浪郡などの四郡に分割支配されたが、移転や廃止が相次ぎ、最後には楽浪郡のみが残った。
任那(みまな、にんな 369年 - 562年)は古代に存在した朝鮮半島の地域。三韓の中の弁辰、弁韓、および馬韓、慕韓の一部の地に相当する地域で、日本と深い協力関係にあった。その後、鴨緑江付近で興った高句麗が南下して楽浪郡を滅ぼし、朝鮮半島は高句麗、百済、新羅の三国時代に入った。7世紀に新羅は唐の力を借りて高句麗と百済を滅ぼしたが、高句麗の故地には渤海が建国された。10世紀に新しく興った高麗は新羅を滅ぼし、契丹に滅ぼされた渤海の遺民を受け入れて鴨緑江沿岸と豆満江付近まで勢力を広げた。12世紀にモンゴルの元に侵攻されて服属。14世紀に元が北へ逃げると李氏朝鮮が高麗に代わって建国され、朝鮮半島を制圧し明に朝貢した。16世紀に豊臣秀吉の侵攻があり、17世紀には清の侵攻を受けて、明から清へと冊封関係を変える。
19世紀末から欧米列強が来訪、開国を要求、そして日本、清、ロシアが朝鮮に対する影響力をめぐって対立、日清戦争後に長きにわたる冊封体制から離脱し大韓帝国として独立するも、20世紀に全土が日本に併合され、日本の統治下となった。第二次世界大戦による日本の敗戦後、連合軍により朝鮮半島のほぼ中央を走る北緯38度線を境に南北に分割統治され、各々独立し、南に韓国、北に北朝鮮が建国された。1950年に北側から統一を目指し朝鮮戦争を起こすが、統一はならず、現在も南北に二つの政権が並立している。
脚注^ 木村幹『朝鮮半島をどう見るか』集英社
カテゴリ: 朝鮮 | アジアの半島
更新日時:2008年7月18日(金)11:37
取得日時:2008/07/26 21:25