党幹部
総書記 : 金正日
政治局常務委員 : 金正日
政治局員 : 金正日、姜成山、朴成哲、金英柱、金永南、桂応泰、全秉浩、韓成竜、徐允錫
書記 : 金正日、桂応泰、全秉浩、韓成竜、崔泰福、金仲麟、金己男、金国泰、鄭夏哲
1945年10月10日、朝鮮共産党北部分局として発足(党創設記念日)。1946年8月、朝鮮新民党を吸収し北朝鮮労働党となる(第1回党大会)。1949年6月30日に南朝鮮労働党(南労党)と合併し、金日成を党委員長に選出、「朝鮮労働党」となる。
もともと朝鮮労働党は、共産主義者系独立運動の連合体の性格があったが、次々に粛清を続け、ここに至って金日成を脅かす勢力の排除に完全に成功した。南朝鮮労働党の指導者だった朴憲永は、朝鮮戦争直後の1953年に逮捕され、1955年に粛清されている。これと並行して金日成に対する個人崇拝が強化されていった。
機関紙・労働新聞を見ると、1960年代前半までは、ソ連・東欧の共産党と大差はなかったが、1967年に党中央委員会第4期15次全員会議において唯一思想体系を提示し金日成が中心となった革命伝統教育を推進するとともに、かつて存在した様々な思想的・政治的潮流を歴史から抹殺し、「正史」を完成させていった。その後、北朝鮮独自の主体思想(チュチェ思想)の看板を掲げ、党書記は「人民は細胞、党は骨格、首領は脳髄」という有機的国家論を唱えた。そして70年代に入ると、息子の金正日への権力継承が始まる。金日成は1994年に死亡し、党の最高ポストである総書記はしばらく空席だったが、1997年に金正日が就任する。
ただ、1980年10月10日に第6回党大会を開催して以降、党大会を開いていないことや、6ヶ月に1度開かれることになっている中央委員会全員会議の開催も、近年は開催が公表されなくなるなど、支配組織としての形骸化が指摘される。
また、主体思想を打ち出すようになってからも、他の社会主義国の執権政党と同様、マルクス・レーニン主義を指導理念として掲げており、主体思想もそれを発展させたものであるという解釈をしていたが、ソ連や東欧で社会主義政権が相次いで崩壊するや、マルクス・レーニン主義に対する言及はほとんど見られなくなり、主体思想の独自性を強調するようになった。そして、2000年代に入ると、先軍政治をかかげるようになり、軍を社会主義建設の主力とみなし、正当化するための理論構築を始めた(マルクス・レーニン主義では、労働者や農民といったプロレタリア階級を社会主義建設の前衛とする)。
朝鮮労働党の諜報機関は、互いに似た名称で、活動の発覚後はしばしば名称を変更するため正確な把握が難しい。ここに挙げる機関の名称、機能は、1990年代後半のものである。
朝鮮労働党には、作戦部、統一戦線部、対外連絡部、対外情報調査部という諜報機関が存在する。対外情報調査部を除く3つの諜報機関は、平壌特別市牡丹峰区域戦勝洞労働党3号庁舎に位置するため、総称として「3号庁舎」と呼ばれることもある。
作戦部(???)は、スパイの護送及び浸透、破壊工作、要人暗殺を担当する機関である。7〜10ヶ所の連絡所を管轄し、スパイを韓国(南朝鮮)や日本に護送している。ユーゴ級潜水艦浸透事件や、日本人拉致事件の実行機関と言われている。
統一戦線部(?????)は、韓国内の民間団体や海外同胞の包摂を担当する機関であり、南北対話と交流も指導している。過去、文化部と呼ばれていた。他の機関と比較して、公然の宣伝工作を行うことが特徴である。祖国平和統一委員会等の団体も、この機関の外郭団体である。また、在日本朝鮮人総連合会もこの機関の指導の下にある。最近まで、救国の声放送等の対南地下放送も運営していた。
対外連絡部(?????)は、韓国内に浸透するスパイや地下組織を管理する機関である。過去、連絡部、社会文化部と呼ばれていた。
対外情報調査部(???????)は、韓国以外の第3国における情報収集、第3国を経由した韓国内へのスパイの浸透を担当する機関である。過去、調査部、対外調査部と呼ばれ、35号室と称することもある。大韓航空機爆破事件、韓国の映画監督申相玉・崔銀姫夫妻の拉致等の実行機関とされる。
関連項目
一党独裁制
朝鮮民主主義人民共和国の政党一覧
民主集中制
在日本朝鮮人総聯合会
ヘゲモニー政党制