大森荘蔵は、人が過去を思い出すとき「過去の写し」を再現しているのだと考えがちなことに注目する。大森はそのような「写しとしての過去」は錯覚であるという。 そのような過去のモデルでは、まず写される対象としての正しい過去が存在し、それを写した劣化コピーとしての過去が記憶の中に存在するということになる。しかし大森の考えによると、過去は「想起という様式」で振り返られる中にのみ存在する。思い出されるのは写しとしての過去ではなく、過去そのものである。 過去の記憶が正しかったかどうか考えるとき、想起という様式から離れて記憶の正誤を判定する過去は存在しない。想起同士の比較ができるのみである。 世界五分前仮説などは過去が想起の外に存在するという前提のもとに生まれた、意味のない問題であるという。
現在の我々は、時間は常に一定の速さで過ぎるものでそれに合わせて様々な現象の進行速度や周期の長さが計れる、などとつい考えてしまう傾向がある。だが観測的には我々は、ある周期現象(例えば天体の周期運動、振り子の揺れ、水晶子の振動、電磁波の振動など)の繰り返しの回数を他の現象と比較できるだけであり、何か絶対的な時間そのものの歩みを計れるわけではない。
このような "常に一定の速さで過ぎる時間" という概念は、ガリレオ・ガリレイによる「振り子の等時性の発見」とその後の「機械式時計」の発達以降の近代において優勢になったとも言われる。それ以前には、例えば不定時法などはよく使われていたのである(「時刻」参照)。
場所により時間の流れる速さが異なるという考えは古代からある。例えば仏教の世界観では「下天の1日は人間界の50年に当たる」と言われている。また20世紀前半に確立された一般相対性理論によれば重力ポテンシャルが異なる場所では時間の流れる速さは異なる、とされるようになった。
また人が感じる主観的な時間の速さは、気分、年齢等により変化する、と言われている。例えば同じ曲を流しても、安静にしていたり寝ぼけている時は速く聴こえ、激しい運動・活動の後では遅く聴こえる事がある。こうした場合、感じている時間の速さに相対的な違いがあると言える。また、子供にとっての1年と、お年寄りにとっての1年の長さでは、それまで生きてきた時間の比率で見ると違っているとも考えられる。
生物個体の生理反応速度が異なれば主観的な時間の速さは異なると考えられる。例えば生物種間の時間感覚の相違については本川達雄の『ゾウの時間、ネズミの時間』に詳しい[13]。
時間が過去から未来へと進むまたは流れる、我々は過去から未来へと進むが逆には戻れない、というイメージを受け入れていない現代人は少ないだろう。例えば、"誰もが時間は一方向にしか流れないことに気づいている"[14]し、"私たちは日常経験から時間が過去から未来へ流れていくことを知っている"[15]。体験的には、我々は過去の記憶は持つが未来のことはまだわからない。具体的には、日常体験する多くの現象は、それらが時間的に逆に進行するような現象は起こり得ないように見える不可逆現象または非可逆現象である。不可逆現象の例には、生物の誕生や成長や死、固体である物体の破壊、砂糖が水に溶けるような溶解現象、摩擦による運動の停止、燃焼などがある。これらは不可逆変化または非可逆変化とも呼ばれる。自然科学、特に熱力学においては不可逆過程または非可逆過程という言葉がよく使われる。 不可逆現象の事例は、ビデオ映像や映画フィルムの逆回しで説明されることが多い。例えば、"桶の底に入れた一升の米と一升の小豆の混合"を写した映画フィルムの例[16]や、"瀬戸物店に闖入した雄牛"を写したフィルムの例[17]や、"アルコールと水を混ぜて両者が一様に混ざっていく過程"のビデオ録画の例[15]、がある。 この時間的非対称性を、イギリスの天体物理学者アーサー・エディントンは1927年に時間の矢と表現した[18][19][20]。
時間的に逆に進行するような変化も起こり得る可逆性が厳密に成り立つような具体的マクロ現象を挙げるのは難しいが、振り子の運動や惑星の公転をニュートン力学により質点の運動として表した力学系では可逆性が成り立つ。これはニュートン力学の基本公式が時間の正負を逆転しても成立する時間反転対称性を持つからである[21]。また相対性理論も同様に時間反転対称性を持つ。分子や原子の運動は量子力学と電磁気学で記述できるが、これらの基本公式も同様に時間反転対称であり、このように記述された分子や原子の運動は"可逆性"を持つ。これは微視的可逆性原理と呼ばれる[21]。微視的可逆性原理からマクロ現象における不可逆性が説明できるか否かは、不可逆性問題または不可逆性逆理と呼ばれる自然科学上の、特に熱力学や統計力学上の問題である。
だが非常に多数の粒子系を記述する熱力学には時間非対称な法則、熱力学第二法則がある。これは、「孤立系内のエントロピーは時間と共に増大するか変化しない」また「ある系は自由エネルギーの低い方へ変化する」と言い表される。これは「ある物体より熱を取り、それをすべて仕事に変えて、それ以外に何の変化も残さないようにすることは不可能である」というトムソンの原理、「低温の物体から熱を取り、それをすべて高温の物体に写し、それ以外に何の変化も残さないようにすることは不可能である」というクラウジウスの原理と同等であり、熱現象の観察事実を法則化したものである[22]。
ここから逆に、熱力学第二法則が時間の向きを決めている[要出典]という仮説が.....によって唱えられた。箱の中の多数の粒子が最初に狭い範囲に集まっていてランダムな運動量を持つ場合、その運動を撮影すれば時間と共に箱の中に均一に散らばって行く。これがエントロピー増大の一例である。ここでフィルムを逆回しすれば最初に均一だった粒子が一箇所に集まる運動が見られ、これをもってして、常識的には明らかに時間が逆転しているのだ[要出典]、ともされるようになった。