1990年代後半
1995年、MBSヤングタウン土曜日1月14日放送分のエンディングにて、放送区域である関西地区の聴取者に向けて、地震の際の心構えと対処の方法を講義した。これは当時さんまが関東で頻繁に地震に遭遇していた事を受けてのものだったが、この3日後には阪神・淡路大震災が発生しており、先んじて注意を促す結果となった。
1996年、フジテレビの人気ドラマ番組『古畑任三郎』に出演、やり手の弁護士、小清水潔を熱演する。当初は売れないロックシンガーの役の予定だったが、プロットを聞いたさんまは脚本家の三谷幸喜に対して軽い気持ちで「弁護士と古畑が闘うってのはおもしろいんじゃない?」と提案。すると自らも法廷物が好きな三谷は快諾し脚本を書くが、余りにもセリフが多くなりそれを覚えられないさんまに対し、主演の田村正和が撮影中に「今度間違えたら自分が帰りますよ」と言ったという。さんまは撮影後、「法廷物はもう嫌だ」と漏らしたと言われている。
1999年、「日本で最も露出の多いテレビスター」としてギネスブック世界記録認定。
2000年代前半
2000年
7月7日、TBSのスーパーフライデー枠で、関西ローカルの『痛快!明石家電視台』が『明石家さんま生誕45年記念番組・大成功!明石家電視台』として一度だけ全国放送された。
2001年
『FNSオールスターズ27時間笑いの夢列島』では、当時放送していたバラエティー番組『明石家マンション物語』で演じていた「横山3兄弟」というキャラクターに扮して、27時間テレビ内のコーナー『クイズ$ミリオネア』に出演し、9問連続正解するも100万円の問題(10問目)で不正解となる。また、解答中にライフラインとして前妻である大竹しのぶに生電話をかけた。(翌年も「さんま・中居の今夜も眠れない」で大竹に生電話。子供である長男や長女の声も電波に乗った)。
『すぽると!』(フジテレビ系)が『感動ファクトリー・すぽると!』だった時代、「工場長」をつとめており、土曜日の放送に不定期に作業服姿で出演していた。
2002年
阪神タイガース監督に親交のある星野仙一が就任した際「優勝したらパレードに参加して土下座します」と明言したが、その翌年の2003年に優勝。巨人ファンであるさんまだが、約束通り11月3日のパレードに参加する予定だった。ところが星野監督が辞意を表明していたため、「自分がおふざけで行くわけにはいかない」と参加を辞退した(春のキャンプを訪れた際に星野からさんま用ユニフォームが用意されていたが、ユニフォーム背番号は800番であった。星野監督が選んだもので、理由は「嘘八百」から来ている)。またこの当日、さんま司会の優勝特別番組が朝日放送系列で全国放送され、星野監督他、主力選手達がゲスト出演した。この特番の関西地区での視聴率は33.4%と高かった。
ドラマ『空から降る一億の星』でダブル主演を務めた木村拓哉と交友を深めたのがキッカケで、2003年1月3日に放送された『さんタク』をすることになったと言われている。2003年以降、毎年、お正月に放送されており、2005年には、ついに元日に放送された。この『さんタク』を始めたことにより、SMAPの中居正広『さんま・中居の今夜も眠れない』と木村拓哉『さんタク』それぞれと番組を持ったことになる。