明石家さんま
★制服でHなバイト★
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1990年代前半

この頃には『オレたちひょうきん族』も終わり、またダウンタウンウッチャンナンチャンなどの人気が急上昇してタレントとしては陰りが見え始めてきた。さんま自身も全国放送のゴールデンタイムのレギュラーがなくなったことで「さんま限界説」が業界内で囁かれた。

この時期、関西で、*痛快!明石家電視台毎日放送)が関西地方で開始された。既に活動拠点を東京に移していたさんまが、突然関西ローカルの番組を持つ事については様々な憶測が飛んだ。番組開始した頃は、さんまがレギュラー出演していた『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系列)の打ち切りなどの影響で、「さんまがつまらなくなった」「さんま賞味期限切れ」とテレビ業界で囁かれていて、さんまの人気が下降気味であった事から、救済の意味合いも込めて所属の吉本興業の口添えで始められたものと言われている。これは「大阪の番組という初心を忘れないため」と言われており、なお、収録前に、さんま、村上ショージ、間寛平の3人でゴルフに行ってからスタジオ入りしていると語っている。 なお、この番組が関西での唯一のレギュラー番組となっている(2008年9月現在。)

この頃、東西の芸人(芸能人・タレントよりも狭義)でのゴルフコンペ「素人名人会」が行われており、さんまも常連参加者であった。ある回で第1打を打とうとしたところ、自慢のドライバーのヘッドが何故か折れていて、シャフトだけを振りかぶっていた(同組の上岡龍太郎から「さんまくん、今日は釣りか」とツッコまれて気が付く)。錚々たるメンバーの揃った会でありながら、その中でも最も目立つ事をしてしまい、参加メンバーの番組で軒並み語られる事になった。

卓球福原愛が幼少時、『明石家さんまのスポーツするぞ!大放送』に出演した時、さんまとの試合で敗北した際、福原が失敗するとさんまは大人気ない行為を行ったり、自分が成功すると大はしゃぎで喜んでいた為、番組中に泣かせた事がある。福原の主張によればこれはさんまがルール違反のサーブをした為で、それを今でも認めないさんまとは対立関係が続いている。

1995年のフジテレビ正月特番「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」で研ナオコと白組キャプテンをつとめた際、紅組の斉藤ルミ子シンディ・ローパーのまねをしたところ、本人が登場し、足を触ってもらってご満悦だった。そこでシンディ・ローパー本人が肩を抱き、あげくに持ち上げるパフォーマンスを行った。なお、同じく紅組の城之内早苗小林幸子のものまねをする前のトークで、「セットじゃ足りないから、今度はきっと東京タワーを背負う」「その次はNHKホールを背負う」などと盛り上がったのはいいが、そこへ本人が登場し、研ともども、土下座して謝った。


1990年代後半

1995年MBSヤングタウン土曜日1月14日放送分のエンディングにて、放送区域である関西地区の聴取者に向けて、地震の際の心構えと対処の方法を講義した。これは当時さんまが関東で頻繁に地震に遭遇していた事を受けてのものだったが、この3日後には阪神・淡路大震災が発生しており、先んじて注意を促す結果となった。

1996年、フジテレビの人気ドラマ番組『古畑任三郎』に出演、やり手の弁護士、小清水潔を熱演する。当初は売れないロックシンガーの役の予定だったが、プロットを聞いたさんまは脚本家三谷幸喜に対して軽い気持ちで「弁護士と古畑が闘うってのはおもしろいんじゃない?」と提案。すると自らも法廷物が好きな三谷は快諾し脚本を書くが、余りにもセリフが多くなりそれを覚えられないさんまに対し、主演の田村正和が撮影中に「今度間違えたら自分が帰りますよ」と言ったという。さんまは撮影後、「法廷物はもう嫌だ」と漏らしたと言われている。

1999年、「日本で最も露出の多いテレビスター」としてギネスブック世界記録認定。


2000年代前半
2000年


7月7日、TBSスーパーフライデー枠で、関西ローカルの『痛快!明石家電視台』が『明石家さんま生誕45年記念番組・大成功!明石家電視台』として一度だけ全国放送された。

2001年


FNSオールスターズ27時間笑いの夢列島』では、当時放送していたバラエティー番組『明石家マンション物語』で演じていた「横山3兄弟」というキャラクターに扮して、27時間テレビ内のコーナー『クイズ$ミリオネア』に出演し、9問連続正解するも100万円の問題(10問目)で不正解となる。また、解答中にライフラインとして前妻である大竹しのぶに生電話をかけた。(翌年も「さんま・中居の今夜も眠れない」で大竹に生電話。子供である長男や長女の声も電波に乗った)。

すぽると!』(フジテレビ系)が『感動ファクトリー・すぽると!』だった時代、「工場長」をつとめており、土曜日の放送に不定期に作業服姿で出演していた。

2002年


阪神タイガース監督に親交のある星野仙一が就任した際「優勝したらパレードに参加して土下座します」と明言したが、その翌年の2003年に優勝。巨人ファンであるさんまだが、約束通り11月3日のパレードに参加する予定だった。ところが星野監督が辞意を表明していたため、「自分がおふざけで行くわけにはいかない」と参加を辞退した(春のキャンプを訪れた際に星野からさんま用ユニフォームが用意されていたが、ユニフォーム背番号は800番であった。星野監督が選んだもので、理由は「嘘八百」から来ている)。またこの当日、さんま司会の優勝特別番組が朝日放送系列で全国放送され、星野監督他、主力選手達がゲスト出演した。この特番の関西地区での視聴率は33.4%と高かった。

ドラマ空から降る一億の星』でダブル主演を務めた木村拓哉と交友を深めたのがキッカケで、2003年1月3日に放送された『さんタク』をすることになったと言われている。2003年以降、毎年、お正月に放送されており、2005年には、ついに元日に放送された。この『さんタク』を始めたことにより、SMAP中居正広さんま・中居の今夜も眠れない』と木村拓哉さんタク』それぞれと番組を持ったことになる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki