関西ローカル時代
1975年、『11PM』(日本テレビ系)でテレビデビューを果たす。「落語家の成人式」というテーマだったが、さんまは師匠・松之助の忠告により営業用の赤いブレザーを着用。また番組内で、女性漫才コンビ「海原千里・万里」の海原千里(現在の上沼恵美子)から、「SEXの四十八手以外に知っている技がある人は?」という質問に対し、「逆さ十文字落としでぇ〜す」と答えて技を説明した。スタジオは爆笑だったが司会の藤本義一から「テレビで言って良いことと悪いことがあるぐらい覚えておきなさい!」と叱責される。しかし、横山やすしには気に入られ、その後やすしの家に招待された。また、この放送を見ていた松之助は、この件を大いに絶賛している。
1976年に毎日放送(MBSテレビ)の人気番組『ヤングおー!おー!』に出演。「チャッピー」と名付けられ、司会の桂三枝の愛と厳しさに育まれながら、次第に頭角をあらわす。番組内ユニット「ザ・パンダ」(先代林家小染・月亭八方・桂きん枝・桂文珍)を改編してさんまをメインにした「さんまアンド大阪スペシャル」(SOS)を立ち上げ、諸先輩を差し置いて1コーナーを任されるまでになる(当時のキャッチフレーズ「おれは大阪のさんまや!」)。その後、プロ野球阪神タイガースの小林繁投手の投球フォームを形態模写して評判になり、関西を中心にアイドル的な人気を勝ち取る。そして、1980年より、10年余りにわたる同番組司会を卒業することとなった三枝からの指名によって後継司会者の座に付き、番組終了時まで2年9ヶ月にわたり晩期の同番組の大黒柱として活躍した。
兄弟子に当たる五所の家小禄と漫才コンビを組んでいたことがある(その当時のVTRは現在もよみうりテレビに残されている)。
駆け出しの頃は、よく同期の島田紳助と二人で遊園地などに営業に行っていた。この他、同期にはオール巨人、桂小枝らがいる。また中川一美(寿一実)と一緒に新喜劇の舞台で共演していた事がある。
1979年、関西テレビで午後7時から放送された番組『誰がカバやねんロックンロールショー』の司会を担当。同名のバンドや、紳助・竜介らと共演し、関西の若者を中心に人気を呼んだ。
1979年、シングル「Mr.アンダースロー」で歌手デビュー。大阪ガスのCM曲だったこのシングルは、オリコンの大阪チャートで1位を獲得した。キャッチコピーは「頼れるエースはアンダースロー」。「CMが放映されブレイクしていた時に、番組内で『燃料といえば?』と振られたので、あえて『練炭』と答え、ガスのCMから降ろされてしまった」と本人はネタにしている。
また、『花王名人劇場』(関西テレビ制作 フジテレビ系)の『裸の大将放浪記』で、和菓子屋ぎおん堂の番頭としてゲスト出演。
営業の余興で島田紳助の手足を縛り上げプールに落とし脱出するという脱出劇をするが、水没する紳助が見たのは両手を叩いて大笑いしているさんまの顔だった。
1980年代前半
20代の頃は、芸能人オールスター運動会で、田原俊彦など当時人気絶頂のアイドル相手に空気を読まずにリレーで先着したことがある。番組関係者からこってり怒られたとも言われる。
笑っていいとも!ではタモリと共に佐賀県をこき下ろした発言を繰り返した。また、別番組ではサガテレビの内田信子アナウンサー(当時)を必要以上にからかうなど、佐賀と言うだけで必要以上に侮蔑したりする態度を見せていた。
1980年代後半
1985年、サザンオールスターズのアルバム『KAMAKURA』のテレビCMに出演した。その時のギャラはCDウォークマン(当時の価格としては5万円相当と推測される)だけだったという話を多くのレギュラー番組で吹聴したが、実際のところは判然としていない(桑田佳祐はサザンの20周年特番内で本当だったとコメントしている。ただし、桑田もこのテのギャグが大好きなので真偽は依然曖昧なままである)。
1985年、第1回東京国際映画祭においてタモリとともに司会者をつとめる。後日、その司会ぶりが「ふざけた司会者」「ソフィー・マルソーに知っとるケと言う始末」と新聞紙面上で非難される。当時のレギュラーだった金曜日・笑っていいとも!でトークのネタにする。タモリといっしょに「始末か!オレたちは!」と叫び、挙手をしながら「私がやりました!」と言った。
1989年10月6日放送のさんまのまんまにゲストで梓みちよが出た際、さんまが言った一言が梓の気に障ったようで、自分が飲んでいたシャンパンをさんま目掛けて2度もかけた。それが週刊誌で騒がれ、後日お詫びとして梓から高いブレスレット(値段は不明)がさんまに送られてきたとさんま本人が語っている。
1987年、ナムコがファミリーコンピュータ用ソフト『さんまの名探偵』を発売する。
1990年代前半
この頃には『オレたちひょうきん族』も終わり、またダウンタウンやウッチャンナンチャンなどの人気が急上昇してタレントとしては陰りが見え始めてきた。