日本航空123便墜落事故
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日本テレビ

日本テレビの第一報は、19時過ぎにアニメ番組『ダーティペア』(当時:毎週月曜19時から放送)内にて日本航空123便が行方不明になったことを「ニュース速報」としてテロップで流した。その後、19時45分にもバラエティー番組『大きなお世話だ』(当時:毎週月曜19時30分から放送)内でも乗員乗客数を付け加えた「ニュース速報」を流した。続いて放送されていた日本テレビの『ザ・トップテン』(当時:毎週月曜20時から放送)では番組冒頭に報道センターから小林完吾キャスターが速報で日本航空123便が行方不明になったこと[12]を報道していた、その後時折番組を中断して[13]報道センターから最新情報[14]を伝えた。20時55分のNNNニューススポットを経て、21時から予定していた通常番組を変更し『NNN報道スペシャル』の報道特番に変更され、久保晴生キャスターがメインキャスターで伝え[15]、専門家として航空評論家中村浩美が解説した。その後23時からの『きょうの出来事』も大幅に内容を変更し報道特番態勢になり、後続番組『11PM』を休止し小林完吾キャスターが『きょうの出来事』から引き続き『NNN報道特別番組』を朝まで伝える終夜放送とした[9]。翌13日朝の『ズームイン!!朝!』、『ルックルックこんにちは』も報道特番態勢で墜落現場上空からヘリの生中継を伝えていた。


ニッポン放送

AMラジオ局のニッポン放送は、通常放送の生番組の中で随時速報を入れた。13日1時からの生放送番組『中島みゆきのオールナイトニッポン』は、この日事前に録音されていた。このため同番組の中止を決定し、オールナイトニッポン第2部担当の上柳昌彦アナウンサーが早朝5時まで報道特番を担当した。


毎日放送ラジオ

大阪のラジオ局・毎日放送は、月曜22時からのレギュラー番組『MBSヤングタウン』のほとんどを関連のニュースに充てた。この日のパーソナリティー・明石家さんまも123便に乗ってスタジオに入る予定だったが、急遽搭乗便を1本早め難を逃れた。このため明石家自身のショックも大きく、ニュース以外の部分では音楽が流された。


毎日放送テレビ

大阪のテレビ局・毎日放送はTBSと同じ編成だったが、翌13日の『MBSナウ』では関連ニュースを中心に伝えた。


FM東京

FM東京では、13日0時からのJALのスポンサー番組『JET STREAM』ではアナウンサーが搭乗者名簿を読み上げた。他のネット局向けには通常の同番組と同様に城達也が出演したものの、一切のCMおよび番組中のCMメッセージを流すことなく(もちろん提供クレジットの読み上げもなし)生放送で対応した。なお、事故後しばらくの間、同番組のスポンサーから一時的に撤退することになった。また毎年8月12日放送分は遺族に配慮し、JALのCMは放送されない。


新聞各紙

翌朝の新聞一面はこの事故がトップとなったが夜間の為、墜落地点の情報が錯綜したまま朝刊締切時間となり印刷され「長野で墜落」や「長野・群馬県境付近で墜落」などの見出しとなった[16]


写真週刊誌など

最初に現場へ到着したカメラマンは、FLASHが専属契約をしていた大学生アルバイトカメラマンだった。カメラマンの間では、今でも折に触れ日航機事故の話題がのぼる。カメラマンらの撮影した現場写真の多くが、写真週刊誌に無修正で掲載された。


記者会見

1985年8月13日8時、羽田空港オペレーションセンターで高木養根社長による5分間の記者会見。

8時30分ごろ羽田空港21番スポット(VIP用〈当時〉)に到着した遺族搭乗の大阪発臨時便のタラップ下で高木養根社長が遺族に頭を下げた(機内で行なう予定が報道陣のため降りた)。その写真をAFPが配信、ニューヨーク・タイムスの8月14日の記事や8月17日の社説などに取り上げられた。

出典:新藤健一『映像のトリック』講談社現代新書 1986年 ISBN 4-06-148804-X による。



事故の原因ボーイング747型機の後部圧力隔壁(機内側より)

航空事故調査委員会が結論付けた事故原因の要点は以下の通りである。
1978年6月2日に伊丹空港で同機がしりもち事故を起こした。

その後のボーイング社による修理が不適切だったため、飛行の度に客室へ与圧を繰り返す内に圧力隔壁金属疲労が蓄積した。

金属疲労が限界を超え、そのために飛行中に圧力隔壁の破壊が発生した。

圧力隔壁から漏れ出した空気が後部の空洞を伝って垂直尾翼を破壊し、航空機後部の4系統ある油圧操縦システムの全てが失われて操縦不能に陥った。

油圧の無い状況でフラップを出しすぎたため、急激なダイブに陥り墜落した。


その他の仮説

航空事故調査委員会による結論以外に様々な仮説が出されているが、科学的検証が不十分な(もしくは全く無い)仮説が散見されており注意が必要である。

「航空事故調査委員会による結論」は当時の乗員・乗客の行動や生存者の証言との矛盾点として圧力隔壁破壊が発生した場合に起きる急減圧、室温低下などの現象が証言からは発生したことが窺えない点が指摘されている。それによれば7000メートルを超す高空で圧力隔壁が破壊された場合、機内の気圧が急激に低下し減圧症により乗員・乗客が意識を喪失してしまう可能性が高いにもかかわらず、同機では前述のように遺書を残したり機内を撮影した乗客がいることを考えると急減圧が起きていなかったのではないかと推測されるのである(実際に2005年8月14日にキプロス・ヘリオス航空のボーイング737型機がギリシャ北部の山中へ墜落したヘリオス航空522便墜落事故では、与圧装置のモード変更ミスによって同レベルの高高度で上記の「急減圧」が発生し操縦士が意識を喪失したことが墜落の主原因とされている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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