日本航空インターナショナル
完全無料エロボイス♪
「声」は興奮しますよ!

[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]


1990年代「リゾッチャカラー」のJALウェイズのボーイング747-300型機マクドネル・ダグラスMD-11型機

1980年代後半から始まったバブル景気がピークに達した1990年には、先に発注した最新鋭機のボーイング747-400型機を導入すると同時に、新塗装を導入した。しかしその後、1991年1月の湾岸戦争勃発に伴う海外渡航者の減少と燃料の高騰、同年のバブル景気の崩壊。1980年代以降の日航開発による海外のホテルなどへの無理な投資や、燃料の先物取引の失敗などの経営判断のミス。過激な労働組合活動に後押しされた人件費の高騰などの様々な悪条件が重なり、1992年度決算では538億円という巨額の経常損失を計上し経営不振に陥った。

しかし、国内外のホテルをはじめとする不動産などの余剰資産の売却や共同運航便やコードシェア便の増加、契約制客室乗務員制度の導入などによる人件費の削減、半官半民時代に国策で運行させられていた中東路線や南回りヨーロッパ線などの不採算路線の廃止やJALウェイズJALエクスプレスなどの低コスト運行を行う子会社を設立し収益性の低い路線の運航を移管するなどのリストラを行った上、1994年にはホノルルや沖縄、オーストラリアなどのリゾート路線向けにリゾッチャなどのキャンペーンを導入し個人旅行客の取り込みに成功した他、円高による海外渡航者の回復などの追い風に後押しされて、1990年代中半には経営状況が急激に回復する。

業績が順調に推移していく反面、1998年8月には、暴力団総会屋関連企業に「観葉植物のリース料」名目で数千万円の利益供与を行っていたとして元役員らが起訴されるなど裏社会との関係が明らかになり、急遽企業行動点検委員会が設置された。しかし同年にも、自社の株主優待券を金券ショップで換金し、総会屋対策の裏金を捻出していたことが東京国税局の税務調査で発覚するなど構造的な腐敗体質が明らかになり、以降は企業コンプライアンスの改善に注力してゆくこととなる。

また、国内外における顧客獲得競争の激化に対応して、1995年6月には日本の航空会社として初のウェブサイトを開設し、1996年7月には国内線の、1997年1月には国際線の予約サービスを開始した他、マクドネル・ダグラスMD-11型機やボーイング777型機などの最新鋭機の導入を行った。また、新型ビジネスクラス「SEASONS」の導入やエコノミークラスへのパーソナルテレビの導入。1980年代より導入していたマイレージ・プログラムの本格展開や国際線の正規割引運賃の導入など、順調な業績と競争の激化を受けて新規サービスを導入してゆく。


2000年代

その後2000年代入ってからも業績は順調に推移していたものの、無謀ともいえる国際線の拡充や同業他社に比べ高い給与などの放漫経営による多額の累積赤字を抱えていた上に、2001年9月に発生したアメリカ同時多発テロ以降に深刻な経営不振に陥っていた国内線大手の日本エアシステム(後の日本航空ジャパン)と、2002年に吸収合併を前提とした経営統合を行ってからは大幅に経営体系が変わり、その後以下の形で経営統合と吸収合併が進められた。日本航空と日本エアシステムのハイブリッド塗装が施されたエアバスA300-600R型機

2002年10月 - 日本航空(現在の日本航空インターナショナル)と日本エアシステムが株式移転し、持株会社を設立(日本航空システム:JALS)。

2004年4月?6月 - 日本航空便と日本エアシステム便を、日本航空便に統合。および、これを反映した商号変更(日本航空→日本航空インターナショナル、日本エアシステム→日本航空ジャパン、日本航空システム→日本航空)。

2006年10月 - 日本航空インターナショナル(旧:日本航空)による日本航空ジャパン(旧:日本エアシステム)の吸収合併。

現在は持株会社である株式会社日本航空の傘下として、日本航空グループの中核をなす航空会社という立場になった。なお、経営統合初期の計画では、貨物事業(国際・国内とも)を「日本航空カーゴ」として分社化する予定だったが、航空協定上問題があることが判明したため、日本航空インターナショナルの事業とした。

当初は、日本エアシステムとの経営統合とそれに続く同社の吸収合併によって、国内線網の強化や余剰資産の売却などによる収益構造の強化、安定が見込まれたものの、近年では、吸収合併以降の社内の対立によるサービス上の混乱や、航空機の整備不良などの相次ぐ不祥事に伴う客離れを起こした上に、数千億円とも言われる負債を抱えた日本エアシステムの高コスト、低効率体制を経営統合後もそのまま維持し続けたことや、イラク戦争以降の航空燃料の高騰、SARS渦などのマイナス要因が重なり急速に業績の悪化を招いた。ボーイング777-200ER型機

このため、「聖域なきコスト削減を行う」との合言葉の元に、日本エアシステムの経営統合、吸収合併に伴う余剰人員や機材の削減、地方発着路線やリゾート路線などの不採算路線の統廃合、乱立する労働組合対策、総合職や客室乗務員の給与削減などの大規模なリストラを進めると同時に、国内線と国際線の双方において新しい機内サービスの導入を進める他、日本発最大の国際線ネットワークを生かした上でワンワールドへ加盟することで国内、国際線の乗り継ぎ利便性を高める他、インドロシア、中華人民共和国などの高需要路線における積極的な増便や、各種割引運賃や世界一周運賃の導入などの顧客に受け入れられやすい運賃体系を次々に導入するなど、様々な新サービスの展開を進めたことを受けて、国際線旅客数が好調に推移するなど業績が順調に推移した[12]

しかしながら、元日本エアシステムの客室乗務員の業界一と言われる高賃金や、世界的に見ても高いままのパイロットの給与削減や待遇の改定が、複数存在する反会社側労働組合の圧力を受けてほとんど行われていないことから、「聖域なき」との合言葉とは裏腹の中途半端な経営陣の態度に、株主や社員から非難の声が起きている。

なお、2007年11月に日本政府と中華民国政府の双方が日本?中華民国路線の直接運航を認めることを確認したことを受けて、2008年4月1日には、日本-中華民国路線を運航していた日本航空グループの1社である日本アジア航空による同路線の運航を終了し、1975年9月以来、約34年ぶりに日本航空インターナショナルへ運航が移管された。


沿革

(斜体のものは日本航空ジャパン=日本エアシステムの事項。更なる詳細は日本エアシステムの記事を参照)

1951年(昭和26年)8月1日 - 第二次世界大戦後初の民間航空会社として日本航空が設立される。


話題の着エロボイス!
今なら無料ダウンロード♪

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:253 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki