1980年代からのミトコンドリアDNA研究の進展により、ヒトの母系の先祖を推定できるようになった(ミトコンドリア・イブ参照)。これにより、アフリカ単一起源説がほぼ証明され、また民族集団の系統も推定できるようになった。ただし、ミトコンドリアDNAは形態の生成に関与しない遺伝子であり、DNAタイプ(ハプロタイプ)と形質的特徴(骨格、体格、顔、皮膚など)とは必ずしも対応しないとされている[14]。
母系をたどるミトコンドリアDNAに対して、父系をたどるY染色体は長期間の追跡に適しており、1990年代後半から研究が急速に進展した[15][16][17]。ヒトのY染色体のDNA型はAからRの18系統があり、これらはアフリカ限定のA系統とB系統、出アフリカのC系統、DE系統、FR系統に分けられる[18]。崎谷満の分析によれば、これら5系統のうち、世界の多くの地域ではせいぜい2系統しか見られないが、日本人にはC,DE,FRの出アフリカ3系統すべてが見られ、従来の予想に反して日本人の遺伝子は多様であることが分かった。以下にY染色体のDNA型の比率を示す[18]。複数の研究成果をまとめたものなので[18]、合計が100%にならない。空欄は資料なしで、必ずしも0%の意味ではない。
CDEFR
C1C3D1D2D3NO1O2aO2bO3
日本アイヌ013088000000
青森8003908003115
東京1214000312614
静岡5203302003620
徳島10302607003321
九州4802804203626
北琉球4003900003016
南琉球0040067
北アジアオロチョン91000
エヴェンキ6817
満州27040438
ブリヤート84028022
ハルハ(モンゴル)520110023
ユカギル5025
コリャーク3333
チュクチ2525
ケット17
ニヴフ38
東アジア北部朝鮮120305138
漢(華北)502066
回060028
チベット3160330033
東アジア南部・
東南アジア漢(華南)501530033
漢(台湾)0117060
イー1609033
トゥチャ18300053
ミャオ470711071
ヤオ2023052
シェ0235063
チワン01168016
タイ0476
ベトナム4306361441
マレー1130928031
ジャワ2342
フィリピン411
日本人は、D2系統とO2b系統を中心に、多様な系統が混じり合っていることが分かる。
以下、前掲崎谷の分析に依拠して説明する。最初に日本列島に到達し、後期旧石器時代を担ったのは、シベリアの狩猟民であるC3系統である。バイカル湖周辺からアムール川流域およびサハリンを経由して、最終氷期の海面低下により地続きとなっていた北海道に達した。また一部は沿海州を南下し、朝鮮半島を経由して北部九州に達した。細石刃石器を用い、ナウマンゾウを狩っていたと考えられる。
その後、一万数千年前に、大陸からD2系統が入ってきた。これが縄文人である。D2は日本だけで見られる系統であり、アイヌ人88%、沖縄人56%、本土日本人42?56%で、朝鮮半島では0%である。近縁のD1,D3がチベットで見られる。D系統は華北で東西に分かれ、東がD2、西がD1,D3になったと考えられる。
同じ頃、経路は不明であるがインドに起源を持つC1系統が南方から入ってきた。貝文土器を用い、縄文人とは異なる文化を南九州に築いた。
O1系統は台湾が起源であり、オーストロネシア語族との関連が想定されている。台湾と近いにも関わらず、日本列島ではO1はごく少数に過ぎない。