斎藤佑樹
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ハンカチ王子フィーバー

2006年の夏の甲子園大会で早稲田実業が勝ち進むにつれて、斎藤が試合中にマウンド上でポケットに入れた青いハンカチで“上品に”顔の汗を拭く姿が、斎藤の端正な顔立ちも相まって徐々にマスコミに採り上げられるようになった。その頃から「ハンカチ王子」という愛称で呼ばれるようになる。さらに「斎藤が使っているハンカチはどこのものか」といった問い合わせが百貨店や早稲田実業に殺到し、Yahoo! オークションでは同じ種類のハンカチが1万円を超える値がついた。また、「輝け甲子園の星」など斎藤を扱った雑誌の売り上げが急激に伸び、写真集も発売された。

斎藤が使用していた青いハンカチは、初めのうちはブランドさえも分からなかったが、その後ニシオ株式会社が製造・販売していた「GIUSEPPE FRASSON(ジョゼッペ・フラッソン)」のものと判明した。ニシオは同年秋に開催されるのじぎく兵庫国体・のじぎく兵庫大会のマスコットキャラクター・はばタンを刺繍したハンカチも販売しており、斎藤が甲子園球場前の売店で購入したことが報じられるが、既に製造を中止していたためレアアイテムとなった。その後ニシオ株式会社はサンリオ社とタイアップし、「幸せの青いハンカチ」と銘打って、キティちゃんの顔をあしらった青いハンカチを販売した。

斎藤が日米大学野球選手権大会の選抜メンバーに選ばれ渡米すると、以前は大きく報道されることもほとんどなかった同大会の模様が毎日報道されるようになり、試合も生中継された。選抜メンバーには駒大苫小牧から田中将大も参加しており、インタビューでお互いをどう呼んでいるかと質問されたところ、それぞれ「佑ちゃんです」「マー君です」と答え(これは選抜チームの監督を務めた早実の和泉実監督が交流を図るため、名字で呼ぶことを禁止したためである)たため、以降マスコミではこの愛称も使用されるようになった。帰国の際には関西国際空港に500人以上のファンが集まった。

「ハンカチ王子」は2006年の流行語大賞有力候補となり、大賞こそ逃したが流行語大賞のトップテンに入った。なお、候補となった際に高野連から「アマチュアである高校野球が受賞するのは不適切」とのコメントが出された。また、伊藤忠商事を始めとして複数の企業から特許庁商標登録が出願されている[3]

「ハンカチ王子」と呼ばれることに対し斎藤本人はスポーツ報知のインタビューで「『ハンカチ王子』は、もう終わりです。国体で最後に出したので、もうあれでいいかなと」と語っている。ちなみに、青いハンカチを使う以前は、ロッテ黒木知宏投手の背番号54入りのタオルを愛用。高校に入ってから母親が近所の商店街で購入した青いハンカチを使うようになった。

斎藤が登板する試合には、それまでの野球ファンに加え幅広い年齢層の女性ファンが球場に足を運んだり、週刊女性などの女性週刊誌で表紙を飾ったりした。野球評論家の広岡達朗は斎藤の快投や謙虚な物言い、すがすがしさを絶賛している。一方、決勝再試合直前の斎藤の「投げさせてください」という要望に「ノー」と言わなかった指導者を批判、また、一高校生がハンカチで汗をふいただけで大騒ぎをするマスコミのありかたも批判している。

人気が低迷していると言われていた東京六大学野球も、斎藤が早稲田大学野球部に入部した2007年から日本テレビが試合中継に乗り出し、春季リーグ対明大2回戦では観客3万人を超えた。同リーグで斎藤が登板し、早大の優勝が決まった対慶應2回戦では、神宮球場に約3万6000人の観衆が集まり立ち見が出るほどの超満員となった。満員になったのは1997年春の早慶戦第2戦以来10年ぶり。また、2007年の春季リーグの早大戦に訪れた観客数は、11試合で22万8000人、1試合平均2万727人集まり、前年度に比べ3倍近くに膨れあがった。この人気を受け、東京六大学野球連盟は史上初めてカレンダー(2008年度版)を発行した。


プレースタイル

140km/hを超える球速とコーナーを突く制球力を併せ持ち、変化球は切れのいいスライダーフォークなどを投げる。高校3年の時に覚えたツーシームは、大学に進学後に効果を発揮している。投球スタイルが早稲田実業の先輩荒木大輔に似ているため、高校時代(特に本人が甲子園で優勝するまで)はメディアから「荒木2世」と呼ばれていた。ちなみに、斎藤自身も荒木を尊敬しているという。

150球を超えても球速を維持するスタミナを有する。2006年夏の甲子園決勝だけでなく、2006年西東京予選決勝でも221球投げており、最終イニングとなった11回表には149km/hの直球を投げている。

高校2年までは、打たれたり味方がエラーをしたりすると不機嫌な表情を見せることもあったのだが、早稲田実業野球部OBから「投手がマウンド上で怒って、何か得をするのか?」と言われ、以来マウンド上であまり表情を変えないようにしている。また、高校2年春の選抜で打ち込まれたことをきっかけに、膝を折り曲げて腰の位置を強制的に落とす投球フォームに改造したところ、重心が安定してコントロールが良くなった。これが夏の大会での優勝につながったという。このフォームは早大の先輩である佐竹功年(現・トヨタ自動車)のフォームを参考にしたものであり、フォーム改造に一役買ったのは当時早大主将の宮本賢の助言であるという[4]

打者としては、3年時の甲子園大会で6番を打ち、選抜、夏の大会と本塁打を2本放っている。


成績(早稲田大学時代)




























防御率(順位)
2007春季642000401.00010427.1150929551.65(3)
2007秋季85031142.66722757.24511052750.78(1)
2008春季97221132.60018246.13421536991.75(6)
通算成績23164522114.733513131.19433411721191.30

※2008年度春季リーグ戦終了時点。 ※各シーズンの太字はリーグ最高。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen