各国の人々がそれぞれの国へ持ち帰ったために敦煌文献は各国に散らばっている。スタインが持ち帰った文献は大英図書館に、ペリオのものはフランス国立図書館に、清政府のものは北京図書館に収蔵された。大谷探検隊のものは大谷光瑞の失脚の影響で龍谷大学・東京国立博物館・中国の旅順博物館に分蔵されている(日本には、大谷探検隊の大谷コレクションとして頻繁に混同される大谷大学などの大学所蔵や個人所蔵のものもかなりあるが、全て各国のコレクションが流出したものを、後になって購入したものである)。ロシアではサンクトペテルブルクの科学アカデミー東洋学研究所、他にはフランスのギメ美術館、ロシアのエルミタージュ美術館、アメリカのハーヴァード大学付属フォッグ美術館などにも存在している。
このような状態であるが当初は各研究機関がバラバラに研究を進める外なかったが、マイクロフィルムにより貸し出しが可能となり、国際的な研究が進むようになった。各国の代表たちが集まって行われる国際シンポジウムも多数開かれており、その学問としての多彩さは敦煌学と言う言葉すら生み出した。敦煌学の第一人者は、藤枝晃である。
更に西のトルファンにてこれも多量の文書が発掘されるようになり、立体的な研究が進められるようになった。現在では敦煌・吐魯番(トルファンのこと)と併称されることも多い。
しかし膨大な総数に対して研究されているのはまだまだ一部といって良く、これからも長きに渡って研究が続けられることになるだろう。
外部リンク
⇒国際敦煌プロジェクト(英語及び中国語)
⇒敦煌石窟
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更新日時:2008年7月27日(日)05:41
取得日時:2008/08/13 21:23