2002年(平成14年)6月28日、カナダのカルガリー郊外の保養地・カナナスキスで行われたG8サミットの帰途、ドイツのゲアハルト・シュレーダー首相と秘書官・警護員ら5人が小泉総理搭乗の日本国政府専用機に同乗して来日した。翌々30日に横浜国際総合競技場で行われるサッカーワールドカップ日韓大会の決勝・ブラジル対ドイツ戦を控え、この観戦に間に合うようぜひ相乗りで行かせて欲しいというドイツ側からの異例の要請を日本側が快諾したもの。約10時間の飛行中、機内ではくつろいだ雰囲気のなかで日独首脳会談(「ヒッチハイク外交」、外務省)が行われたほか、両首脳は食事を共にしながら四方山話に花が咲いたという。小泉総理は総理執務室をシュレーダーに譲って、自らは官房副長官用の個室で休息した。ドイツ政府要人専用機 “A310-304 VIP”
一国の首脳が他国の政府専用機に同乗して長時間に及ぶ海外フライトを行うというのは、外交プロトコル上の変則であることは言うに及ばず、危機管理の面から見ても極めて異例なこと[15]であり、日本政府専用機ではこのシュレーダーの便乗が唯一の例、しかも例外中の例外となっている[16]。ドイツ政府もエアバスA310-300を政府要人専用機として保有しており、シュレーダーは同機でカルガリー入りしている。A310-300にはカナダ太平洋岸で一回の給油を行えば羽田まで難なく飛ぶだけの航続距離があるはずだが、年代物の双発機で洋上を長距離飛行することに不安があったのか、次大会のホスト国でもあるドイツが決勝進出したことでよほど気が急いたのか、残念ながらこの相乗りの背景にあるその辺りの詳細な事情が説明されることは一切なかった。
政府専用機の記念すべき「乗客」第一号となったのは1993年2月14日に訪米した渡辺外相兼副総理だった。ところが渡辺は風邪で体調を崩しており、腹の具合が悪かった。やがて機が巡航高度に達し、客室乗務担当の山川二等空曹が「大臣、お食事はいかがなさいますか」と訊ねると、もとより食欲などない渡辺の答えは「すり下ろしたリンゴと、卵酒をくれないか」というもの。和食にするか洋食にするかを訊ねたつもりだった山川は、この思いがけないリクエストに弱ってしまった。幸いリンゴは積んでいたものの、おろし金などあるはずもなく、また訪問先での検疫事情が詳らかでなかった当時は生卵を積んでいなかったのである。しかし副総理からのリクエスト、それも体調の良くない者のたっての願いに、「あいにく……」とは言えない。そこで山川は一計を案じ、リンゴを包丁でスライスしてから丹念に叩いてペースト状にし、また和食の朝食用に積んであった温泉卵の黄身を解きほぐしてこれでなんとか卵酒を仕立て上げた。
その甲斐あってか渡辺の体調はワシントンに着く頃には大分回復し、ホワイトハウスにおけるクリントン大統領・クリストファー国務長官との会談を無事にこなすことができた。渡辺は日本の市場開放を再三にわたって強く求められてもなんら具体的な約束を与えず、発足したばかりのクリントン新政権に対する「とりあえずのご挨拶」という訪米目的は無事達成された。
山川は帰路、渡辺夫人から今度は思いがけない品を受け取っている。おろし金である。夫の我侭に何の問題もないかのように対応してくれた山川に対する感謝の意を込めて、夫人が大使館を通じてわざわざ調達してくれた心づくしのプレゼントだった。
沿革
1987年(昭和62年): 政府専用機2機の導入を閣議決定(予算は両機で計360億円)
1991年(平成3年): 9月 一番機 JA8091 受領、11月 二番機 JA8092 受領
1992年(平成4年): 4月 総理府から防衛庁に管理移管、運輸省における民間航空機としての登録を抹消し、航空自衛隊の機体識別番号が与えられる[9]、同月 初の海外飛行(アメリカ・ワシントンD.C.に試験飛行)
1993年(平成5年): 2月 渡辺外相兼副総理が初使用(訪米)、4月 宮澤総理が内閣総理大臣として初使用(訪米)、6月 特別航空輸送隊を編成、9月 天皇・皇后が初使用(訪欧)
1995年(平成7年): 8月 日本航空が羽田空港における地上ハンドリングを受託
2002年(平成14年): 4月 要人輸送100回
2005年(平成17年): 4月 政府が三番機の導入を断念
2006年(平成18年): 9月 海外寄港地200ヵ所
2007年(平成19年): 4月 大規模改装工事終了(通信機能の強化、座席のグレードアップ、会議室及び随行員室の内装変更など)
政府専用機とほぼ同時期に購入したアエロスパシアルAS332Lヘリコプター(陸上自衛隊運用・現在新機種のEC225LPへ更新中)があり、近・中距離移動に用いられている。また航空自衛隊の多用途支援機U-4(ガルフストリームIV)も国内の高速移動に使用されている。
アメリカ・EU・ロシアなどの航空機製造国は自国の新造機を政府専用機としているが、その他多くの国では民間から中古の中・小型機を買い上げて改造する例が多く、非常に高価な新型機を新規に購入した例は、日本やブルネイなど、極僅かな国のみである。
また近年において中・小型機の航続距離、双発機(ボーイング737・ボーイング777・エアバスA330など)の燃費やETOPSなどが飛躍的に向上した結果、短い滑走路を持つ地方の空港からでも容易に離着陸できる小振りの機種の方が汎用性の面においてより優れた選択肢となった[17]ことも、こうした政府専用機小型化傾向の背景となっている。
実際、ボーイング747が安全な離着陸を行うためには最低でも2500〜2750mの滑走路が必要で、そのような長い滑走路を持つのは大都市の国際空港や空軍基地にほぼ限られてしまうことから大型機では運用が中途半端なものとなり、警備上の問題、経済性の低さなどが指摘されるようになっている[18]。