戦争賠償
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第一次世界大戦

4年以上の長期戦となった第一次世界大戦の結果、欧州連合国は多額の対アメリカイギリス向け戦争債務を抱え込み、ヴェルサイユ条約で、ドイツに対し1,320億マルクもの巨額の戦争賠償金支払いを義務付けた。さらにフランスルール地方を占領し、賠償金の早期支払いを迫ってきた(ルール問題)。しかし、これは逆効果であった。ルール工業地帯を失ったドイツ経済は破綻し、ハイパーインフレーションに陥り、1ポンド=20マルクだった為替レートは、1ポンド=500億マルクまでマルク安が進み、賠償金は支払い不能に陥った。

1924年、新マルク(レンテンマルクライヒスマルク)の導入で通貨が安定すると共に、アメリカが賠償金の支払いを年20億マルクに抑えるドーズ・プランを提示し、欧州各国も了承した。さらに、1929年、賠償金の総額を370億マルクに軽減するヤング・プランが了承された。世界大恐慌の発生で再びドイツ経済が破綻したため、結局1932年のローザンヌ会議で賠償金支払いは廃止されたが、ドイツが被った痛手は大きく、ナチス台頭の原因となった。


第二次世界大戦

第二次世界大戦の結果、ドイツは、1945年に合意されたポツダム協定で、主にソビエト連邦へ賠償金200億ドルと生産設備や動産を支払うこととされた。その後1953年に賠償金の支払いは停止された。

日本は、アジア諸国との個別の合意により、各国に対して1兆300億円の賠償金を支払っている。具体的な一覧は外務省のページ[1]参照。先の大戦からの推移は日本の戦争賠償と戦後補償を参照。

その他の旧枢軸国は、1947年に締結されたパリ条約で、連合国に対する以下の賠償金の支払いに合意した(いずれも1938年価格)。

イタリアは、ユーゴスラビアギリシャ、ソビエト連邦、エチオピアアルバニアへ3億6,000万ドルを支払う。

フィンランドは、ソビエト連邦へ3億ドルを支払う(後に完済している)。

ハンガリーは、ソビエト連邦、チェコスロバキア、ユーゴスラビアへ3億ドルを支払う。

ルーマニアは、ソビエト連邦へ3億ドルを支払う。

ブルガリアは、ギリシャとユーゴスラビアへ7,000万ドルを支払う。


湾岸戦争

湾岸戦争の後、イラク国連安全保障理事会決議687を受け入れ、サダム・フセイン政権のクウェート侵略によって同国が負った損害を賠償している。クウェートの官民から提出された3,500億ドルという損害見積もりに対して、これまでに国連賠償委員会(UNCC)で521億ドルが承認され、イラクからは2005年までに192億ドルの支払いが行われている[2]


戦争賠償に対する批判

戦争賠償には以下のような批判が存在する。

賠償を払うのは敗戦国のみであり、必ずしも好戦的であった、本来なら罰されるべきである国の方ではない。

多くの場合、敗戦国の政府が戦争を始めるのであり、敗戦国の一般国民には責任が無く、国全体に課される戦争賠償は無実の罪の人々まで罰することになる。

敗戦国の国民は既に困窮している状態にあることが多く、そこへ戦争賠償を課することは敗戦国民をさらに苦しめる結果となり、戦勝国に対する怨恨を深める恐れがある。

ジョン・メイナード・ケインズは、戦争賠償の国際経済に与える影響は破滅的であると指摘した。批判者の中には、戦争賠償が間接的な、しかし主要な、第二次世界大戦勃発の原因となったと指摘する者がいる。ヴェルサイユ条約でドイツが課せられた賠償金は疲弊したドイツの経済問題をさらに悪化させ、その結果生じたハイパーインフレワイマール共和国を失敗させ、ナチスとヒトラーの台頭を助けた。第一次世界大戦の戦後処理の失敗の教訓は第二次世界大戦後の戦後処理において生かされ、戦勝国はドイツからは賠償金ではなく動産や機器による賠償を受けた。


関連項目

日本の戦争賠償と戦後補償

日本の戦後補償条約一覧

日本の戦争犯罪

戦争犯罪

戦争責任


脚注^賠償並びに戦後処理の一環としてなされた経済協力及び支払い等(PDF)
^財団法人中東調査会(PDF)
カテゴリ: 戦時国際法 | 戦争犯罪

更新日時:2008年8月20日(水)02:51
取得日時:2008/08/20 13:05


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki