情報化社会
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学説としての起源

情報化社会の概念を初期に提唱した、影響力の大きな論説として、非常に頻繁に言及される研究、著作がいくつかあるのでそれを以下に挙げる。

1962年 - フリッツ・マッハルプ 『知識産業』 (和訳 1969年)

1963年 - 梅棹忠夫『情報産業論』

1968年 - 増田米二『情報社会入門:コンピュータは人間社会を変える』

1969年 - 林雄二郎『情報化社会』

1969年 - アラン・トゥレーヌ『脱工業化の社会』 (原著はフランス語、英訳は 1971年、和訳は 1970年)

1973年 - ダニエル・ベル 『脱産業社会の到来』(ポスト産業社会とも)

1977年 - マーク・ポラト『情報経済』(和訳 1982年)

1980年 - アルビン・トフラー『第三の波』 (和訳 1982年)

一般に日本における情報化社会論、情報社会論の文脈では、梅棹忠夫が最初であるとされ、それ以前に遡る論はないようである。また、日本において「情報化社会」という言葉を提唱したのは林雄二郎である。英語圏では社会学者ダニエル・ベルと評論家アルビン・トフラーへの言及が非常に多く、マッハルプへの言及は少ないが、マッハルプ以前に遡るものはほとんどないようである。それ以外の研究者、著作については紹介者によって含まれたり含まれなかったりする傾向にある。

1960年代前半におけるマッハルプと梅棹の業績は、日本では、通常相互に独立したものと考えられている。梅棹の業績は英語圏においてはあまり知られておらず、むしろ日本発の情報社会論としては増田米二が著名である。

増田米二の情報社会論は当時もてはやされていた未来学の影響の下にあったが、情報メディアの発達が経済分野を超え、社会・文化全般にわたる価値変容を促すこと、その中で個人がいかにして主体的な価値創造を行ない得るかという問題に注目を向けた点で、初期研究者の中では傑出しているといえる。

また、これだけを見ると1960年代における先駆的な研究があり、1970年前後から本格的な研究、著作が出版されるようになったとも見える。だが、実際にはベルは独立した書籍の形でこそ出版していなかったものの1960年代前半からポスト産業社会について論じており、最も早いものは、ボストンで開催されたセミナーのタイトルで、1962年にまで遡るという (Bell, 1973; Ito, 1980)。 ちなみに、同じポスト産業化という用語を用いたフランスにおけるトゥレーヌの仕事はベルのものとは独立したものであったと一般に考えられている。

日本では、早くから行政が情報化社会、情報社会の概念に注目して来た。研究者の中でも余り引用されることはないが、その最も早いものは恐らく経済計画審議会情報研究委員会が1969年に編集した『日本の情報化社会:そのビジョンと課題』であろう。これはダイヤモンド社から発行された書籍と、パンフレット状のものと2種類があるが、後者については佐枝 (1999) に当時の背景や分析などが見られる。


主な批判

このような情報社会論、情報化社会論の類に対しては、いくつもの批判が提示されている。
「技術決定論」的であること。すなわち、情報技術に注目し、それが社会変動を予測する鍵となると考える傾向があり、他の諸要素?文化、政治、経済、など?が充分に考慮されていない、とする批判である。

情報革命と称される事態は実際には決して到来しない、とする批判。20世紀後半に限っても、双方向ケーブル、ビデオテクスト、ケーブルテレビなど、
社会に大きな変革をもたらすと一部で考えられ、またそのように論じられた技術があるが、それらは実際には広く利用されないままに終わったり、普及したものの大きな社会変動をもたらすことなく終わったりしている。情報社会の到来を告げる論はそうした過去の例を軽視、あるいは無視する傾向にあることを指摘する論がある。一般に、メディアが社会を変革するという発想は非常に多く見られ、また的外れなものに終わっているという指摘もある。更に、メディアの浸透や新しい情報、コミュニケーション技術が社会を大きく変動させるとする議論は「情報社会」の誕生を遥か遡って存在していることも指摘されている。電報や新聞が社会変動をもたらすと考えられたことがあり、そこで議論された社会変動の内容には、今日情報社会論として流布しているものとよく似た論点が含まれている。

上記の情報社会の到来にたいして懐疑的な見方と関連しているが、昨今の情報技術の発展は情報の量的な変化を起こすかもしれないが、伝播される情報の質的な変化はもたらさない、とする批判。そこでは、情報技術がもたらしたのは情報を伝える速さや量、また手段であり、それらは社会が動く仕組みに抜本的な変化をもたらしているわけではない、とされている。

情報社会の到来を告げる議論は、技術を売り込みたい情報産業の広告として機能している、あるいは情報技術立国を目指す国家の片棒を担がされている、とする批判。情報社会の研究はしばしばそうした企業や政府の資金援助を受けて行われるものであることを指摘する場合もある。これは、上記の2点とは異なり、必ずしも「そのような予測は外れる」という形の批判ではない。むしろ、企業や国家の思惑に操られてしまい、批判的に物事を見ることを怠っている、社会にとって本当に望ましいことが何であるかを真剣に考えることを忘れてしまっている、といった含みを持っている場合も多い。

革命的な変化を通じてユートピアが実現される、という論調に異を唱えるもの。このタイプの批判は、情報社会と呼びうる何かが到来することは必ずしも否定しないが、それは理想的な社会とは程遠く、様々な害悪をもたらすものだ、と警鐘を鳴らす。多くの研究者によって描かれている情報社会のネガティブなビジョンには次のようなものがある。

データベース監視カメラなどに代表される監視・管理技術が発達し、政府や企業によってプライバシーが侵害され、言論の自由思想の自由が脅かされる社会。実際にイギリス政府は主に犯罪を減らすために監視カメラ(CCTV)を広範囲に導入しており、さまざまな議論をよんでいる。

少数の企業によって報道機関独占(あるいは寡占)され、多様な言論が流通する健全な民主主義が脅かされ、少数派の意見、企業や資本主義を批判する意見などが抑圧される、反民主主義的な社会

少数の企業によって文化産業が独占(あるいは寡占)され、消費者が健全な道徳や判断力を失ったり、「豊かさ」について誤った理解をしたり、文化的な多様性や創造性が失われたりする結果生まれる、貧しく、空しい社会

情報技術への理解が深く、情報処理能力に長け、情報へのアクセスに恵まれた、一部のエリートと、それ以外の人々の間の貧富の格差が広がり、より強固な搾取の構造が打ち立てられる社会

犯罪を実行する為の関連技術と誰でも簡単に触れる事が出来てしまい、治安が劇的に悪化している社会。現実にインターネットを悪用した犯罪は急増している。


情報の過剰化により本来得られるべき情報が得られず、また偽情報の氾濫などにもより、情報自体の意味が損なわれる。つまり、「情報化社会とは情報がゴミと化す社会のことだ。」との批判もある。

個人が自分の情報を制御できなくなる。買い物を始め生活するためには社会のあらゆるところで個人情報の提供を求められ、そして提供した情報は一次提供先にとどまらず、あらゆるところで利用されるようになる。だが、情報提供者はそのことを把握も管理もできないようになる[1]


脚注^ 『数式を使わないデータマイニング入門』岡嶋 裕史


SFの題材として

情報化社会は、SFの題材にされる事もある。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki