被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的要素についても、上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題であり、専門家の提出した鑑定書に裁判所は拘束されない(最決昭和58年9月13日)。しかし ながら、生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものである(最判平成20年4月25日)。
被告人が犯行当時統合失調症にり患していたからといって、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである(最決昭和59年7月3日)。
刑事訴訟法上も心神喪失と言う概念があり、被告人が心神喪失になった場合は公判が停止される(刑事訴訟法314条)。被告人の心神喪失が恒久的なもので回復の見込みがない場合は、公判が打ち切られる。
なお、ここにおける心神喪失は被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をさすものであり、その意味内容は刑法上の心神喪失と必ずしも同一ではない。会話・文字・点字・手話等のコミュニケーション能力を一切もたない者は、刑法上心神喪失となるわけではないが、刑事訴訟法上は心神喪失となることがある。
刑法第41条は14歳に満たない者を刑事未成年とし、その行為の不処罰を定めている。これは14歳未満の者を一律に責任無能力者とすることにより、その処罰を控えるという政策的意味を持つものと解されている。14歳に満たずに触法行為をした者は、少年法により触法少年として審判に付され、要保護性に応じて保護処分を受けることになる。
関連項目(刑法)
刑法
責任主義
原因において自由な行為
少年法
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律
責任能力の認識に関しては、歴史背景によって変遷が認められる。 法令上の処遇として文献確認できる最古のものに、「養老律令」(718年)が挙げられる。 身体や精神の障碍を軽い順から残疾、癈疾、篤疾の三段階に分け、それぞれの状態に応じて税負担軽減や減刑処置が定められていた。 「獄令 三九 年八十。十歳。及癈疾。懐孕。侏儒之類。雖犯死罪。亦散禁。」 (獄令三九 80歳以上、10歳以下、癈疾の者、懐妊中の者、侏儒は死罪にあたる罪を犯しても拘禁されなかった。) ※「散禁」とは刑具を免ずるとの意。 ただ癲狂は免責の対象になる一方で職業上の制限もあったことが同律令に記されている。[1]
近代日本史において、責任能力という観点が強調されてくるのは、明治時代以後である。それ以前の江戸時代においては「御定書百箇条」78条に「乱心にて人を殺し候うとも、下手人となすべく候 然れども乱心の証拠、慥にこれ有る上、殺され候うものの主人ならびに親類等、下手人御免を願い申すにおいては詮議を遂げ、相伺うべき事 但し、主殺し親殺したりといえども、乱気紛れ無きにおいては死罪」とあり、当時の刑事法制では心神喪失や刑事未成年に対しては減刑が考慮される可能性のみに留まり、親殺しなどの大罪については一般の犯罪者と同様に直ちに極刑にされた(殺害された被害者が乱心の殺害者より身分が低い場合被害者の主人と親類など身内が許すと死刑でなく一族により家に閉じ込められる押し込めにされた。[2]また刑事未成年に対しては死刑を執行せずに15歳まで親戚の監視下に置かれた後に15歳になってから遠島の処分が執行され、入墨以下の刑については年齢を問わずにそのまま執行された)とされる。これは、当時においては今日の刑法学でいうところの客観主義を採用して故意・過失を問わずに行為の存在のみで同一の犯罪が成立したこと、縁座(連座)に代表されるように社会的な見せしめのために犯罪者の血縁者という理由のみで未成年者への死刑が行われることもあった当時において、行為者の内面や状況を積極的に評価する意識が低かったことによるものである。
参考文献
浅田和茂『刑事責任能力の研究 限定責任能力論を中心として』成文堂、1983年8月、ISBN 479231058X
浅田和茂『刑事責任能力の研究』成文堂、1999年12月、ISBN 4792315123
岩井宜子『精神障害者福祉と司法』尚学社、1997年3月、ISBN 4915750485、増補改訂版: 2004年3月、ISBN 4860310187
大谷実『刑事責任論の展望』成文堂、1983年4月、ISBN 4792310407
小田晋、作田明、西村由貴(共著)『刑法39条 なぜ精神障害者は許されるのか 少年犯罪少年法/犯罪捜査プロファイリング』新書館、2006年1月、ISBN 4403261043
アルトゥール・カウフマン (Arthur Kaufmann) 『責任原理 刑法的・法哲学的研究』九州大学出版会、2000年1月、ISBN 4873786029
呉智英、佐藤幹夫(共編著)『刑法三九条は削除せよ!是か非か』洋泉社、2004年10月、ISBN 489691855X
最高裁判所事務総局編『責任能力に関する刑事裁判例集』法曹会、1990年3月、 ⇒[1]
佐藤直樹『大人の<責任>、子どもの<責任> 刑事責任の現象学』青弓社、1993年7月、ISBN 4787230670、増補版: 1998年12月、ISBN 4787231588
佐藤直樹『刑法39条はもういらない』青弓社、2006年6月、ISBN 4787232584
墨谷葵『責任能力基準の研究 英米刑法を中心として』慶應通信、1980年12月、 ⇒[2]
田中圭二『酩酊と刑事責任 「自制能力」との関連で』成文堂、1985年5月、ISBN 4792310598, ⇒[3]
仲宗根玄吉『精神医学と刑事法学の交錯』弘文堂、1981年6月、ISBN 4335650361
中谷陽二編『精神障害者の責任能力 法と精神医学の対話』金剛出版、1993年11月、ISBN 4772404384