その他
記録上、御堂筋の名が初めて現れるのは1615年(元和元年)、大坂夏の陣の落人狩りなどを記録した徳島藩の「大坂濫妨人落人改之帳」の中で、捕らえられた男女のうち、男1人の居場所として「大坂御堂筋」と記されているのが最初である。
「御堂筋」をつける銀行支店のうち、三菱東京UFJ銀行(旧UFJ銀行)の御堂筋支店は入金照合サービスの仮想口座で使用する被振込専用支店のため、実際には存在しない。
1959年に南海ホークスが日本一を達成した時に御堂筋でパレードを行ったが、その時の見物客は40万人といわれている。また、2003年11月3日、に阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝した時の優勝パレードの動員数も、雨にもかかわらず40万人に達した(神戸では25万人)。その2年後の2005年11月6日に行われた阪神タイガースの優勝パレードの動員数は18万人だった。
2006年9月3-9日 大阪フィルハーモニー交響楽団の大植英次音楽監督のプロデュースにより、大阪フィルハーモニー協会と大阪市の主催で、「大阪クラシック−御堂筋にあふれる音楽−」の企画公演が展開された。期間中、御堂筋ぞいの18の会場において、大阪フィルハーモニー交響楽団の団員による室内楽など計50公演が行われた。大植音楽監督によれば、1つのオーケストラの団員が1週間にわたって「街に出て」公演を行うというのは「僕の知る限りおそらく世界の都市で初めての試み」。大阪を象徴する御堂筋で、1週間にわたってクラシック音楽の本格的な公演が行われたことは、しばしば叫ばれている「大阪市の都市格向上」にも大いに貢献した。
梅田新道交差点東南角のフェニックスタワー
本町交差点付近の歩道
参考文献
⇒神戸大学附属図書館 戦前期新聞記事文庫
⇒大阪市の交通難 いたるところに親不知の難所(大阪毎日新聞 1927.6.28(昭和2))
⇒大阪市高速度鉄道愈々今月から起工(大阪毎日新聞 1930.3.1(昭和5))
⇒デパートと地下鉄の紛糾オッぱじまる(大阪朝日新聞 1933.10.2(昭和8))
脚注^ ⇒御堂筋の交通量の情報 (大阪国道事務所)
^ 国道26号と国道165号の重複区間。
^ 当時としてはあまりにも幅がありすぎる道路形成になったため、一部から「街の真ん中に飛行場でも作る気か?」などと言われた。しかし、こういう意見に対し關一は「将来必ず役に立つことだから」と、工事を断行し、そう言った意見には耳を貸さなかった。
関連項目
大阪市内の筋・通一覧
御堂筋パレード
大通り
日本の通り一覧
外部リンクウィキメディア・コモンズには、 ⇒御堂筋 に関連するマルチメディアがあります。
⇒国土交通省近畿地方整備局 大阪国道事務所
⇒御堂筋まちづくりネットワーク
⇒御堂筋情報サイト MIDOSUJI
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更新日時:2008年6月9日(月)10:39
取得日時:2008/08/15 11:07