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詳細は強姦の歴史を参照「ブルガリアの殉教女達」 - オスマン帝国の兵士による、ブルガリア人女性に対する強姦を描いた絵画(1877年作)。背景に描かれたイコノスタス・床に転がった振り香炉・破壊された燭台から、ここがブルガリア正教会の聖堂の中であり、聖堂に逃げていた女性がレイプされるシーンである事が分かる。敵国に攻め込まれた市民が最後に聖堂に立て篭もる事は大陸ではよく行われたが、侵略軍が規律の薄いものだった場合、現地の宗教心も踏みにじり、宗教施設でまでこのような残虐行為を行う事も珍しく無かった。なおこの絵画の作者コンスタンチン・マコフスキー( ⇒Konstantin Makovsky)はロシアの移動派の一人である。
性的暴力は、少数民族や奴隷、先住民、難民、貧困層また大規模災害などによって生まれた社会的弱者に対して行われたり、刑務所や収容所内、そして戦時下においてしばしば行われてきた。内乱や戦時下では大規模な集団レイプもしばしば発生する(戦時性暴力)。また、非戦時下においても、権力者による性の専横、例として西欧領主の初夜権などがある。
古来、征服された民族の女性の運命は過酷であった。最も有名なのはモンゴル帝国の創始者チンギス・ハーンとその係累・後裔であろう。モンゴル帝国による降伏勧告を受け入れず抵抗の後征服された都市はことごとく破壊・略奪・殺戮され、女性も戦利品として王侯・軍隊などの権力者以下にあてがわれた。また、これに先立つ遊牧騎馬民族王朝の金は、北宋を滅ぼした際(靖康の変)、北宋の皇族女性全てと、多くの貴族女性を捕え、これを金皇族・貴族の妾や娼婦にした。
世界各地の男性のY染色体を調べた結果、かつてのモンゴル帝国の版図に高率で共通の染色体が検出されたという話さえある(ブライアン・サイクス著『アダムの呪い』参照)(ただこれに関しては、金・モンゴル帝国以前からシルクロード一帯で勃興・滅亡を繰り返していたと言われる遊牧騎馬民族の西進がもたらした影響を割り引く必要がある)。
近代〜現代も、戦時下において各国軍隊による敵国女性へのレイプが少なからず発生した。第二次世界大戦以降ではアメリカ、ソ連、ドイツ、日本、韓国による大規模な強姦があったとされる(日本に関する事項については論争があるので、南京大虐殺、南京大虐殺論争、慰安婦等を参照されたい)。終戦後は、被占領地域において、戦勝国、特にソ連軍による日本人女性やドイツ人女性へのレイプが多発したという。ソ連の場合、兵士のフラストレーション解消のために、意図的に兵士の占領地での強姦を事実上放置した。これに対し、日本では一部の兵士による逸脱を未然に防ぐための策を「慰安所」という形で講じたため、逆に後世に倫理的批判を受けることになったのは歴史の皮肉であろう。ドイツの場合国土にソ連軍が侵入し、都市においては四分の一の女性がこの被害にあったとされる[7]。ソ連軍は当時から女性軍が編成されていたが、こちらも規律は皆無であり[要出典]、満蒙開拓移民の日本人少年などが多数被害に遭ったとされるが定かではない(メイル・レイプ)[8]。また、日本では在日米軍に所属する将兵による強姦事件が問題となり続けた[9]。特に沖縄県では1972年の本土復帰以降、明るみに出ているだけで120件以上。今なお基地問題で揺れる住民との間に深刻な影を落としている。1995年の沖縄米兵少女暴行事件は大きく取り上げられた。
ベトナム戦争中、アメリカ軍兵士によるベトナム人女性の強姦、買春も多発し、混血児も多数存在している。また韓国軍兵士による、現地ベトナム人女性へのレイプや買春で生まれた子供が、現在10万人以上存在している。1998年に当時の金大中大統領はハンギョレ新聞の報道を受けてこれらのベトナム戦争に於ける韓国軍の残虐行為に対する謝罪の意を訪韓中のベトナム首脳に表し、また補償の開始を命じたが、非公式な謝罪であるため韓国政府としての謝罪と受け取られているとは言い難い。また反共の野党ハンナラ党の反対もあって現在も補償は全く進んでいない為、両国間で問題になっている(韓越混血児問題)。このためベトナムにおける反韓感情は根強い。
1990年サダム・フセイン軍はクウェート女性を襲い、1991-1995年のボスニアではセルビア人民兵がムスリム女性を、1994年ルワンダではフツ族軍がツチ族女性を強姦するなど、戦時下レイプの例は歴史上現在に至るまで枚挙に暇がない。
また、前述したとおり大規模災害の発生にともない治安が一時的に悪化し、被災民、避難民の中の弱者が性的暴力を受ける被害も発生している。被災による精神的ダメージに加え、性的暴力による精神的な障害を受けることになり、さらには災害時のため、被害を訴えることが困難だったり、訴えても、事件立証のためにさらなる苦痛を被害者が負うことになる。