平和主義に対する批判は主に以下のような点が挙げられる。(フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際大百科事典 17』(ティービーエス・ブリタニカ、1991年)872項-875項を参照)
あらゆる政治思想がそうであったように、平和主義の実践そのものが成功したとしてもそれが必ずしも人類の幸福が達成されるとは限らず、したがって平和主義が結果として倫理的に善いとは限らない。また平和主義の実践である平和運動や非暴力運動は相手側の「間違い」を正すために自らが苦痛を受けることを相手または傍観者に見せ付けることで成立しているが、これは意図においては特定の思想を強制する行為であり、倫理的な問題がある。
平和主義は個人またはきわめて少人数の集団において実践可能なものであり、これを政治思想とすることの難しさにしばしば自覚的でない。これは個人の善の延長上に社会全体の善が必ずしもあるわけではないことと対比できる。
平和の価値が絶対視してその上に思考することは決して理性的なことではない。なぜならばその平和の価値が歴史的にすでに万人に受け入れられた価値だと認められていないからである。ニーバーは強制があれば平和は存在しないが、過剰な強制で平和が存立しているような国では平和はマイナスに作用しうると述べており、「墓場の平和」に陥ることを危険視している。
平和主義者は戦争の原因について深く理解していない場合が見られる。戦争はその形態や主体によって様相が異なる複雑な政治現象であり、その原因は近代的な国家間の国益に関わる問題だけでなく、国内的な紛争である内戦においては宗教や民族、歴史などが重層的に組み合わさる。これらの政治的、経済的、社会的、民族的、歴史的な問題についての無知が平和主義の楽観主義的な啓蒙思想の源泉のひとつとなっている。
例えばニクラウス・クザーヌスがキリスト教と異教徒との和解を訴えた時、彼には紛争やその原因となっている教義的・感情的な対立についての知識を持っていなかった。また近代において社会科学の発達とともに紛争理論も研究されたが、この理論が実行可能でかつ有効であるとは限らず、事実現在においても多くの紛争が防げずに発生している。
平和主義でしばしば使用される「平和」の定義は哲学的または学問的な考察を経ておらず、非常に多様な意味を持つ概念である。しかも言語学的に見れば特殊なニュアンスを持つため、言語操作が意識的または無意識的に行われることになる。これはあるひとつの行為が「平和的」なものかまたは「戦争的」なものであるかが発言者によって恣意的に選択する可能性の潜在を指摘するものである。
例えば領土をめぐる国際紛争において緊張が高まり、当事国が戦争の勃発の際に対処できるように部隊を基地から出して国境地域に展開したとする。これらの軍事活動に対して部隊の輸送路に人の壁を作って平和を訴えたとする。これは活動の主体が平和主義の精神に基づいたとしても、無意識的であれ片方の当事国の軍事活動のみを妨害するという利敵行為の側面があるため、敵国の戦争行為を援助することになる。この例は完全主義的な平和主義の実践であるが、このような活動を「平和」活動とするのか「戦争」活動とするのかという問題は主観の相違に起因する問題に他ならない。ゆえに言語操作の潜在性を指摘することができる。
参照
社会契約
ホッブス
ロック
ルソー
リベラリズム(自由主義)
ジョン・ロールズ(『a theory of justice』『正義論』)
ロバート・ノージック(『アナーキー・国家・ユートピア』リバタリアニズム自由至上主義)
ロナルド・ドゥオーキン(『権利論』『法の帝国』『平等とは何か』)
イマヌエル・カント
関連項目
平和 - 戦争
非暴力
自衛権(個別的自衛権/集団的自衛権)
憲法 - 日本国憲法前文 - 日本国憲法第9条 - 一国平和主義
平和主義者の一覧
反戦 - 非戦論 - 反核
武器輸出三原則
良心的兵役拒否
世界最終戦論
WAR IS STUPID
民主的平和論
参考文献
フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際大百科事典 17』(ティービーエス・ブリタニカ、1991年)
外部リンク
⇒(百科事典)「Pacifism」 - インターネット哲学百科事典にある「平和主義」についての項目。(英語)
⇒(百科事典)「Pacifism」 - スタンフォード哲学百科事典にある「平和主義」についての項目。(英語)
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更新日時:2008年8月14日(木)01:33
取得日時:2008/10/09 02:08