近世の幕藩体制下では五井藩、鶴牧藩(現在の椎津付近)旗本の陣屋として伊丹陣屋が知られている
1871年7月の廃藩置県では菊間県、鶴牧県、鶴舞県が成立。その後同年11月の府県統合で木更津県に、1873年に新治、印旛県などと合併して千葉県が成立した。現市原市は市原郡全域を市域としているが、1889年の時点で171箇村が確認されている。これが1945年までに八幡町、五井町、姉崎町、牛久町、鶴舞町などの5町16村にまとまり、更に昭和の大合併期である1954年から56年にかけて市原町、五井町、姉崎町、三和町、南総町(牛久、鶴舞地区)、市津村(後に市津町)、加茂村(高滝、里見地区)の5町2村にまで統合された。1963年南総町と加茂村を除く5町で市原市が誕生。更に1967年に南総町と加茂村も合わせて現在の市原市の形が完成した。
戦後になると東京湾岸の埋め立てが進み市原市は千葉港の一角に組み込まれた。市原市では特に石油産業などの化学工業を主とする企業の進出が多い。これらの工場から発せられる煙によって光化学スモッグが発生する事がしばしばであったが、近年、光化学スモッグは減少傾向にある。
階級別人口 [単位 人] 2005年4月
総計 男女別
年齢人口男年齢女
0〜4歳12,2586,2120〜4歳6,046
5〜913.2456,7655〜96,480
10〜1413.2457,13310〜146,799
15〜1915,8378,19315〜197,644
20〜2417,4179,14520〜248,272
25〜2919,10510,28525〜298,820
30〜3422,22211,98730〜3410,235
35〜3918,77010,06435〜398,706
40〜4416,8318,81640〜448,015
45〜4918,5439,94245〜498,601
50〜5422,33411,92250〜5410,412