★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★
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来歴・エピソード
父親は国鉄(現JR)の職員で、南満州鉄道の職員もしていた。
10代の頃は大場政夫に憧れ、ボクシングジムに通った。1973年には京都府高校フライ級1位を獲得。
友人が自宅に来て、母親が自室にまで運んでくれた朝食を布団の中で食べてから登校していた。
少年時代に暴走族であったころの話をしばしばネタにしている。中学生の時は学校の窓ガラスを割ったり、教室で盗品を売りさばいたりしており、高校生の頃に車上荒らしで補導されて少年鑑別所に送致された経験がある。
高校のとき教師から叱責されたのを機会に「おもろい不良になろう」と改心(?)する。
高校時代のあだ名は、泣きながら熱く語る事から「泣き虫みー君」
料亭に勤めていたことがあり、将来は寿司屋か競艇の選手か漫才師かと考えていた。
18歳のとき、B&Bに憧れ、B&Bの師匠である漫才コンビの島田洋之介・今喜多代(現・今日喜多代)に入門。同期に明石家さんま、オール巨人、桂小枝などがいる。若い頃には緻密な研究ノートを書いていた。「島田洋七を倒すことに俺の青春を賭けよう」と誓ったが、「結局何もしてないのに勝手に倒れた」と当時を振り返っている。
1975年9月に松本竜介(解散後松本竜助に改名)と漫才コンビ紳助・竜介結成。
1985年に紳助・竜介は解散。その際、「このままでは太平サブロー・シローやダウンタウンには勝てない」と発言した。
元相方の松本竜助について、著書に「彼が居たから8年もの間漫才が出来た」と記してある。2006年3月に竜助が倒れた際には東京での仕事をすべてキャンセルして大阪へ駆けつけた。同年4月1日に竜助は逝去、葬儀には参列しなかった。
石垣島に喫茶店「TOMURU(トムル)」をオープンしている。また、2005年11月に大阪・東心斎橋に「寿司 はせ川」をオープンし、2007年9月には東京・西麻布にもオープンした。
それまでバラエティ番組とは無縁だった歌手や俳優のバラエティ番組との相性を見抜き、自分が司会する番組に出演させることが多く、円広志や高木美保、misono[1]のように、それをきっかけに活動の幅を広げていく芸能人も存在する。
弟子に島田まさしらがいる。また土建屋よしゆきは高校の同級生である。
亀田一家への理解が高く、行列のできる法律相談所において、面識のない亀田一家に対する意見を語ったところ、亀田興毅から丁寧なお礼のメールが来たという。ちなみに亀田興毅はたむらけんじに島田のメールアドレスを聞いたという(たむけんの焼肉屋が亀田家のスポンサーを務めた縁から)。
数多くのレギュラー番組を持っているが、火、水、木曜日の三日間は必ず仕事を休むという。(2008年7月7日放送「人生が変わる1分間の深イイ話」より本人談)
海外旅行は、絶対にグアムしか行かないことを「メトロポリタンジャーニー」で明らかにしており現在も貫いている。
M-1グランプリの立案理由については、「世の中、テレビはおろか、劇場に立ったことすらほとんどない、売れない芸人は沢山いる。それでも、そういう子らは夢を見てやってるから、辞めようとしない。そこで、M-1に出られる期限を結成10年にしたら、まあそこで芽があれば、準決勝に出てテレビに映る。運のエエ子らはそこ以外で世に出られる可能性もあるけど、基本的には10年やって芽が出なんだら、お笑いをやめるべき。周りを不幸にする。そのための区切り。」と語っている(2008年7月28日、「人生が変わる1分間の深イイ話」での発言)。
90年代の深夜(関東では)番組「クラブ紳助」でゲストの酩酊状態の赤塚不二夫から「テレビに出る顔ではない」と言われ、番組終了時まで会話のない状態が続いた。
老眼の年齢に差し掛かったこともあり、最近は自前の黒縁眼鏡を着用して番組に出演することもある。特に「一攫千金!日本ルー列島」では大半の回で眼鏡を着用している。
傷害事件と謹慎
2004年10月25日大阪・朝日放送社内にて『クイズ!紳助くん』収録前、同じ吉本興業に所属する勝谷誠彦の女性マネージャーに対し激昂し、その女性を別室に無理やり連れ込み、素手で殴る、顔に唾を吐きかけるなどの暴行を加え、傷害を負わせた。
女性が部屋を飛び出した後、島田は「こいつおかしいねん。殴ってもないのに大声出しやがって」と周囲に怒鳴りちらし、それに対し女性は「あなたに殴られて左耳が聞こえないんですよ。一生聞こえなかったらどうしてくれるんですか!」と反論したが、紳助は「な?こんな口答えする女やから、殴られても当たり前やろ」と周囲に同調を求め、彼女が悪いという雰囲気を作り出しなんとか誤魔化そうとした。
すぐさま被害女性は大阪府警に被害届を提出し、紳助は10月28日付で傷害事件として正式告訴された。島田は警察に訴えられたと知ると同日に吉本興業の東京支社で記者会見を開き、暴行傷害の容疑を認め、犯行時とは態度を一変させ、TVカメラの前で「100対0で僕が悪いです」、「被害者が芸能界を辞めろと言うならすぐに辞めます」といって泣きじゃくって反省している様子をみせた。
これを受けて吉本興業では11月4日まで島田を謹慎処分とし、期間中のレギュラー番組については、各局ともテロップ(収録した日付など)を挿入して通常通り放送した。ただし『行列のできる法律相談所』については法律をテーマに扱っているだけにテロップ挿入で放送という訳にはいかず、緊急生放送として事務所の後輩で番組レギュラーである東野幸治を司会に立てて放送した。
大阪府警大淀署は11月4日、島田を「加害者」として傷害罪の疑いで書類送検、検察が略式起訴をし大阪簡易裁判所において30万円の罰金判決が下された。
前述の謝罪会見で島田は「髪をつかんで座らせ、平手で一発」と述べていたが、その後の略式起訴の際には「右手やリュックサックで頭を殴ったほか、髪をつかんで壁に打ちつけ、唾を吐きかけるなどの暴行を加え、約2ヶ月の怪我を負わせた」という犯行事実を認めたことが分かっている。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Mamenoki