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その後、盛岡県を岩手県に改称させられ、莫大な御用金を課せられたり、旧藩を分断する県域を設定され弱体化を図られるなど敗戦の屈辱を味わう。しかし、これをバネに多くの人材を輩出。原敬が内閣総理大臣に就任して薩長藩閥政治を終わらせ議会政治の定着をはかるなど、近代日本国家建設に多くの功があった。
戦後、1950〜1960年代には、山岳地帯のため交通の便が悪いことや、主な産業が新日本製鐵の釜石製鐵所位しかなく、所得水準が全国でも低いことから、自ら「日本のチベット」と呼び、政府の振興策を求めたこともあった。なおこの呼称は、1955年1月22日封切のニュース映画『カメラルポ 脚光あびる日本のチベット 岩手三陸』において用いられたことから定着したという。
その後、1964年にいわて花巻空港が開港、1982年に東北新幹線が開通して、首都圏からは約3時間、仙台からも1時間圏内(当時)となり、交通の便は改善された。これに伴って、安価で広大な土地や豊富な水などを背景に、北上市、金ケ崎町周辺を中心として工場の進出が急激に進展。関東自動車(トヨタ自動車)などの自動車産業、東芝や富士通などの半導体工場、塩野義製薬など大企業の工場の進出が進み、製造品出荷額が大きな伸びをみせた[1]。
その一方で、情報の格差の是正は他の都道府県に比べ、大幅に遅れた。県内民間放送局のうち、後発2局は平成に改元されてからの開局だった。ただし、現在北東北においてテレビ東京系以外の各民間放送局がそろっているのは岩手県だけである。
2008年には、県内で震度6強を観測する地震が、別々に2回発生した(岩手・宮城内陸地震・岩手県沿岸北部地震)。
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]
年齢人口
0 - 4歳 58
5 - 9 64
10 - 14 71
15 - 19 76
20 - 24 70
25 - 29 79
30 - 34 85
35 - 39 80
40 - 44 85
45 - 49 93
50 - 54 108
55 - 59 97
60 - 64 91
65 - 69 91
70 - 74 89
75 - 79 72
80歳以上 81
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]
男年齢女
30 0 - 4歳 28
33 5 - 9 31
36 10 - 14 35
39 15 - 19 37