貨物列車
DD51形・タキ1100形
益田 - 岡見間
EF64形・各種コンテナ貨車
伯耆大山 - 米子間
京都 - 園部間は、京都より舞鶴をめざし建設を進めた京都鉄道が1899年までに開通させたものである。園部 - 綾部間は日露戦争を控え、軍都・舞鶴までの建設を急いだ政府が京都鉄道に代わって建設したもの。また福知山 - 綾部間は阪鶴鉄道の路線を延伸する形で舞鶴までを結ぶ阪鶴線の一部として1904年に開業した。京都鉄道・阪鶴鉄道の両社は国有化され、京都 - 綾部間が京都線として1910年に開通した。
福知山 - 和田山 - 香住間は山陽鉄道が開通させた現在の播但線を延伸する形で1911年までに開通した。
浜坂 - 出雲今市(現在の出雲市)間は山陰初の鉄道として1909年に官営で開業した御来屋 - 米子 - 境(現在の境港)間を東西に延伸して1911年までに開業した。
翌年、余部橋りょう、桃観トンネルの完成により、香住 - 浜坂間が開業し京都 - 出雲今市間が山陰本線となった。出雲今市からは順次西へ延び、1928年に須佐駅まで延伸される。
宇田郷 - 正明市(現在の長門市) - 阿川間および正明市 - 仙崎は美禰線(美祢線)を延伸する形で1930年までに開業した。小串 - 幡生間は長州鉄道の路線を1925年に国有化したもので、小串線と称していた。1928年に阿川駅まで延伸された。
1933年に須佐 - 宇田郷間が開業し、美禰線の宇田郷 - 正明市 - 阿川間・正明市 - 仙崎間と小串線を編入して京都 - 幡生間・正明市 - 仙崎間となった山陰本線が全通した。
なお、長州鉄道の国有化されなかった幡生 - 東下関間は、のちに山陽電気軌道(路面電車線、現在はサンデン交通というバス会社)の路線となった。
京都鉄道→京都線
1897年(明治30年)2月15日 - 京都鉄道 二条 - 嵯峨間(3M65C≒6.14km)が開業。二条駅、嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)が開業。
4月27日 - 大宮 - 二条間(2M4C≒3.30km)が延伸開業。大宮駅、丹波口駅開業。
11月16日 - 京都 - 大宮間(38C≒0.76km)が延伸開業。官設鉄道(国鉄)京都駅に乗り入れ。
1898年(明治31年)1月1日 - 花園駅開業。
1899年(明治32年)8月1日 - 大宮駅廃止。
8月15日 - 嵯峨 - 園部間(15M69C≒25.53km)が延伸開業。亀岡駅、八木駅、園部駅が開業。
1902年(明治35年)11月12日 - 営業距離の単位をマイル・チェーンからマイルのみに簡略化(22M16C→22.2M)。
1905年(明治38年)1月15日 - 大宮駅が再開業。
1907年(明治40年)8月1日 - 京都鉄道が国有化。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称設定、京都 - 園部間が京都線となる。
1910年(明治43年)8月25日 - 園部 - 綾部間(26.1M≒42.00km)が延伸開業。日吉駅、胡麻駅、和知駅、山家駅が開業。
1911年(明治44年)9月16日 - 大宮駅廃止。
阪鶴線(綾部 - 福知山間)
1904年(明治37年)11月3日 - 福知山 - 綾部 - 新舞鶴(現在の東舞鶴駅)間が開業(福知山 - 綾部間は7.7M≒12.39km)。