対馬
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対馬要塞

近代にはロシア、イギリスによる対馬への接近に脅威を感じた日本政府、軍は国境最前線である対馬島の要塞化を図った。豊、竜ノ崎、竹崎、海栗島などに砲台が築かれ、昭和前期には対馬海峡全体を防衛できるほど整備された。特に豊砲台には、軍縮条約により巡洋戦艦から航空母艦へ転用された「赤城」の40cm連装砲塔が、竜ノ崎砲台には、戦艦「摂津」の30cm連装砲塔が設置された。豊砲台の跡地は今日でも見学することができる。

また、対馬および周辺海域を防衛する部隊として陸軍対馬警備隊海軍竹敷要港部が置かれた。戦後の自衛隊でも陸上自衛隊対馬警備隊海上自衛隊対馬防備隊・航空自衛隊第19警戒隊が置かれている。


行政区画の変遷

1889年の市町村制度施行の際には上県郡に5村、下県郡に9村が発足した。その後合併や町制施行などを経て上県郡(峰町、上県町、上対馬町)と下県郡(厳原町、美津島町、豊玉町)の26町体制となっていたが、2004年3月1日に対馬のすべての町が合併して市制施行し、対馬市の1市体制となった。

詳細は対馬市#歴史を参照


朝鮮半島との関係


韓国の領有権主張状況

第二次世界大戦後日本を占領した連合軍総司令部 (GHQ) に対し、韓国李承晩政権は竹島だけでなく対馬についても「歴史的にこの島は韓国の領土であり、日本によって強制的、不法に占領された」と述べ[6]、日本からの割譲を要求したが、GHQから「根拠がない」として一蹴された。

現在の韓国政府は李承晩政権時代のように対馬領有を主張しているわけではないが、世論調査機関リアルミーターが2008年7月に実施した世論調査によると韓国内では「日本に対馬返還要求すべき」との主張に賛成する人の比率は過半数の50.6 %となっている。一方反対意見は33.5 %である[7]

2005年3月18日慶尚南道馬山市(マサン)市議会は島根県議会の「竹島の日」に対抗すると称して「對馬島の日」(???? ?)条例を在籍議員30人のうち出席議員29人全員が賛成し可決した。条例は「対馬島が韓国領土であることを内外に知らしめ、領有権確立を目的とする」と規定している[8]。これに対して韓国政府は馬山市に条例の撤回を要請している。対馬市議会の波田政和議長は2006年10月6日、馬山市議会に『対馬島の日』条例の廃止措置を打ち出す事を要請した。これに対して馬山市議会は、「対応する価値がない」と条例を廃止しないことを明確にした[9]

このほかの例として、2007年7月、金成萬(キム・ソンマン)前韓国海軍司令官は、対馬軍事侵攻計画を立案すべきと韓国政府に求める内容の寄稿文を著した。[10]

李氏朝鮮領議政(宰相)申叔舟が1471年に編纂した『海東諸国紀』は日本国対馬島の図[11]を掲載し、本文では対馬島を日本国西海道に属すとして島内の事情を詳述している。ただ、16世紀に刊行された朝鮮の地理書『新増東国輿地勝覧』の「八道総図」には対馬が朝鮮領とする記述は存在しないが、地図には朝鮮に隣接する領土外地域も共に描かれており、北方国境である鴨緑江豆満江北側のの領土が地図内に描かれていると共に対馬も地図内に描かれている。これを「八道総図」で対馬が朝鮮領として描かれていると解釈し、これを根拠に対馬は韓国領だとする主張も朝鮮・韓国内には存在する。

これらの韓国側の主張に財部能成対馬市長は「主張は自由だが、対馬は先史時代以降ずっと日本。魏志倭人伝にも倭国の中に入っている。対馬が韓国領土というのはあり得ない」と発言している[12]。韓国語版ウィキソース ⇒???? ? ???(対馬の日条例 内容)も参照のこと

尚、2008年7月23日に韓国の退役軍人らで構成する抗議団21人が対馬市役所前で「独島は韓国領土 対馬も韓国領土」と主張する横断幕を掲げ抗議活動を行い、一部の市民と道路を挟んで向かい合い怒号が飛び交うなど騒然とした雰囲気に包まれた。


韓国での対馬の呼称

韓国では昔から対馬のことを漢字表記の「對馬島(對は対の旧字体)」をそのまま読んだ「???(テマド)」と呼んでいたが、現在では、韓国政府の公式に出版する資料には、日本の「つしま」の音読みをあてて、???(つしま)?(島)と表記される。


交流

対馬は1990年代頃から、日韓交流の拠点となるべくイベント等さまざまな活動を行っており、中でも対馬アリラン祭が有名。他にも国境マラソンin対馬、対馬ちんぐ音楽祭などがある。さらに島内の殆どの道路標識に朝鮮語を併記するなど観光客の誘致に力を入れている。また、対馬島内の複数の中学校が韓国内の中学校と姉妹校縁組を締結しておりホームステイなどの交流をおこなっている。対馬市は釜山広域市の影島区と姉妹都市提携を結んでおり、釜山市内に市の事務所を構えている。

1999年厳原港・比田勝港-釜山港間の定期船航路が開設されてからは、多くの韓国人観光客が対馬を訪れるようになった。しかし、最近では外国人には禁止されている撒き餌漁を行う、騒々しい、公衆浴場における入浴マナーがなっていない、店の商品を支払いも済ませぬうちから開封し、あげく購入しない、飲食店にキムチを持ち込みなおかつ大して飲食せず居座るなど一部の韓国人観光客のマナーの悪さが島内のみならず本土でも問題となっており、報道番組で特集が組まれたことも複数回ある。壱岐対馬国定公園内に韓国の国花であるムクゲを無許可で植栽し逮捕者を出すなどの問題もおきた(韓国には対馬にムクゲを植える運動を広げる旅行社もある[13])。一部では韓国人受け入れ拒否の声も挙がっている[14]

対馬に流れ着いた漂着ゴミを減らす為、毎年、日韓合同で対馬北部の海岸の清掃(ゴミ拾い)を実行している。


しま交流人口拡大特区

長崎県が対馬全域を「しま交流人口拡大特区」として構造改革特別区域提案・申請し、2003年11月28日に認定された[15]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki