2008年4月10日にトヨタ自動車が第三者増資で17%程度まで行い、富士重工業の軽自動車部門は、2009年以降段階的に自主生産から撤退し、ダイハツ工業からのOEM供給を行うことを表明した。ブランド名は継続するかどうかは現在のところ不明。
1953年9月、富士重工業は「ビーチ・エアクラフト」と「T-34 メンター」製造ライセンス契約に調印。1955年10月、国産1号機を完成させ、防衛庁への納入が始まった。 さらに1957年11月、戦後初の国産ジェット機「T-1 練習機(初鷹)」の開発に成功。中等練習機として1963年までに66機を防衛庁(現:防衛省)に納入した。
1965年8月、民間向け軽飛行機FA-200「エアロスバル」の初飛行に成功。翌1966年10月から販売を開始。低翼式の機体を採用したFA-200は低速時の安定性に優れ、アクロバット飛行なども可能な万能機として好評を博し、298機を生産した。
戦後初の国産旅客機「YS-11」の開発にも参加。主翼桁と尾翼を担当。この経験はのちに、1973年12月、アメリカ・ボーイング社とボーイング747の生産分担契約に実を結び、1974年には新世代旅客機ボーイング767の国際共同開発プロジェクトに参加。国際分業に大きな役割を果たした。
1974年、富士重工業はアメリカ・ロックウェル・インターナショナル社と双発ビジネス機、FA-300の共同開発を開始。1975年11月に初飛行に成功、1977年から販売を開始した。しかし、その後、ロックウェル社が軽飛行機部門からの撤退したため、計画が頓挫。42機の生産実績に留まった。
メーカーとしての原点を、戦前の航空機メーカー・中島飛行機に持ち、創業期に元航空技術者たちが自動車開発に携わってきたという歴史から、航空機に通じる機能性・合理性優先で、既成概念に囚われないユニークなメカニズムを特徴とする自動車を多く送り出してきた。そのスタンスは日本の自動車メーカーの中でも、特に技術至上主義・技術偏重主義の傾向が強い。
初期の自動車群1958年 スバル・3601966年 スバル・1000
その初期の製品は、航空機開発によって培われたデザインポリシーにより、軽量かつ操縦性に優れスペース・ユーティリティをも満たした高度な設計が為され、市場をリードした。1954年に試作されたスバル・1500では、日本製乗用車として初のフル・モノコック構造を採用している。
1958年発売のスバル・360は、「国民車構想」[9]の内容に近い水準の自動車を、高度な技術で具現化したもので、「大人4人が乗れる初めての軽自動車」として、日本人にとって自動車を身近なものにした。
1966年発売のスバル・1000では、縦置き水平対向エンジンによる前輪駆動レイアウトを採用し、以後、四輪駆動車を含む現行主力モデルに至るまでこれを踏襲している。またこの「スバル・1000」では、前輪駆動車にとっての重要部品である「等速ジョイント」の完成形の一つと言えるダブル・オフセット・ジョイント(D.O.J)の開発に成功。1970年代から世界的に盛んとなった小型車の前輪駆動化の潮流に先鞭をつけた。
水平対向エンジンと四輪駆動水平対向エンジン概念図EG33型水平対向6気筒エンジン
現行の主力モデルでは、水平対向エンジンを車体前方に縦置き搭載して四輪を駆動するSYMMETRICAL AWD(シンメトリカルAWD)構造を特徴としている。水平対向エンジンは、量産型の乗用車用エンジンとしては、2008年現在、富士重工業とポルシェしか採用していない。
水平対向エンジンは、クランクシャフトを軸にピストンを180度開いた位置に配置しているため、直列エンジンやV型エンジンに比べ本質的に重心位置が低い。また、向かい合うピストンがお互いの慣性力を打ち消し合うように、それぞれ外に振り出されるため、本質的に直列エンジン、V型エンジンより回転バランスに優れる。特に水平対向6気筒では二次振動が(理論上)「0」という完全バランスを得られる。
さらに富士重工業の場合、フロントデフもトランスミッションケース内に収納しているため、軽量でコンパクト、なおかつドライブトレインを上から眺めたとき完全な左右対称となっており、自動車の運動性能向上に有利なレイアウトといえる。また、4気筒エンジン同士の比較では、クランク長が直列エンジンの2/3と短くでき、エンジンとミッションの縦置きレイアウトのため重量を前後に分散することが可能で、車両の前後重量バランスに優れる。
パッシブ・セイフティ(受動安全性)の面からも、前面衝突時にエンジンがフロントバルクヘッド下に潜り込むような形になるため、エンジンがキャビンを変形させる確率が低く、フロントのクラッシュ・ストロークを長く取れる利点がある。
このレイアウトで発売された初のモデルは、1972年のレオーネエステートバン1400 4WDで、本格的な量産ラインで生産される自動車としては世界初の四輪駆動乗用車[10]となった。
自動車の運動性能にもたらす四輪駆動の効果に世界中の自動車メーカーが注目する端緒となったドイツのアウディ・クワトロの発売は1980年であり、富士重工業は四輪駆動乗用車技術の長さではアウディをも上回る。2008年現在、軽自動車を含む全車種に四輪駆動が展開されているが、特にレガシィ、フォレスターは全モデルが四輪駆動である。
そのため、四輪駆動システムについても、その初期から様々な試みがなされており、世界の自動車メーカーのベンチマークとなっている技術も数多い。