赤ちゃんポストも参照2007年2月23日に、熊本市の慈恵病院が赤ちゃんポストの設置を計画していることについて、「ポスト」という名前や匿名で子供を置いていけるものだということに大変抵抗を感じると反対の意向を示した[71][72]。
年金問題
年金記録問題および 宙に浮いた年金記録も参照年金記録問題では民主党の小沢一郎との党首討論で「消えた年金はどうするのか」という野党からの追及に対し「年金は消えたわけではない」として年金時効撤廃特例法案など具体的な救済案を提示した。該当者不明の年金記録5000万件の照合作業については「三千万人の方々とこの二千八百八十万件を一年間のうちに突合いたします」[73]「一年間で私たちはすべて突合を行うということをお約束をする」[73]と断言、当初2年程度を想定していた調査期間を前倒しすると表明し[74]、自民党の公式HPでも宣伝した。第21回参議院議員通常選挙の際は、安倍自身が「最後の一人まですべての記録をチェックし、まじめに保険料を払ってきた人の受給を保障する」[75]と各地で演説した。しかし、メディアや専門家からは、その公約の実現性に対して当初から懐疑的な意見が出されていた[76]。社会保険庁は年金記録の照合作業を進めたものの、2008年3月末までに持ち主が判明するのは1000万人程度に留まり、名寄せ困難な記録が1975万件に達すると発表された(人数や件数は2007年12月時点での推計値)[77]。安倍の公約実現は絶望的となり、後任の首相である福田康夫が謝罪する事態となった[78]。福田は「(当時の)安倍総理は割合ときちんと言ってるんじゃないかと思います」[79]と安倍を擁護したが、内閣官房長官の町村信孝は「亡くなった方もいる。『最後の一人まで』ということはありえない。もとより無理」[78]と述べ、安倍の公約の問題点を指摘した。2008年1月、安倍はマスコミとの懇談の席上、「年金ってある程度、自分で責任を持って自分で状況を把握しないといけない。何でも政府、政府でもないだろ」[47]と指摘した。公約違反との批判に対しては「今になって(参院選の)選挙演説の『最後の一人までチェックして支払います』が公約違反と言われるけど、俺は一言も三月までに支払うとは言ってないんだぜ」[47]と反論している。2008年3月、社会保険庁の照合結果が公表され、1172万件分の持ち主が特定できたが、名寄せ困難な未解明記録は2025万件に達したことが明らかになった[80]。なお、国民皆年金制度は祖父岸信介が首相時代に策定されたものである。この年金問題は官僚の安倍降ろしの策だったとする意見もある。田原総一郎によれば、安倍が社保庁民営化を目指していたことで、社保庁がクーデターを起こし、社保庁の年金が酷い状態であるということを社保庁自らが民主党やマスコミに選挙前に広め、「いかに安倍が危機管理ができないか」と国民に思わせて退陣を狙う「自爆テロ」を行い、そしてマスコミもそれに乗った、とこの問題が公に出た理由を指摘している[66]。
外交2006年のAPECにて、大韓民国大統領盧武鉉、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュと、安倍晋三2007年2月21日、総理大臣官邸にてアメリカ合衆国副大統領ディック・チェイニーと会談する安倍晋三
下記の歴史認識も参照
日中・日韓関係を改善し、東アジア共同体の構想に強い意欲を示す。新自由主義政策・グローバル資本主義を推進した。
大韓民国
韓国の親米保守勢力(現在はハンナラ党)とは韓国が朴正煕軍事独裁政権だった頃から国際勝共連合などを通じ代々親しく、安倍も首相になってから「韓国はまさに日本と同じ価値観を持っております。」と親韓的な発言をしている[81]。
中華人民共和国
2006年の自民党総裁選では、ありのままの日本を知ってもらう為に多くの中国人留学生を受け入れるべきと主張し、小泉政権時に悪化した日中関係の改善に意欲を見せた。首相就任後、真っ先に訪中して胡錦濤国家主席と会談する。