ロシア(1991年12月26日)
アレクサンドル・ヴォルコフ(Alexander Alexandrovich Volkov)1985年9月初飛行。1991年10月2日にソユーズTM-13で宇宙に出、セルゲイ・クリカレフとともに、同年12月26日のソ連崩壊に際して宇宙にいた二人のロシア人宇宙飛行士の一人となった。
ヴァレリ・ポリヤコフ(Valeri Polyakov)1988年8月初飛行。1994年のミッションにおいて、同年1月4日に宇宙に上がってから、翌1995年3月22日に帰還するまで、単一の宇宙滞在としては最長となる437日17時間58分(1年2ヶ月余り)という記録を作った。
セルゲイ・クリカレフ(Sergei Krikalev)1988年11月初飛行。1991年5月18日にソユーズTM-12で宇宙に出、翌年3月に帰還したため、ソビエト連邦崩壊に際しての一連の事件の全ての期間において宇宙にいた唯一人のロシア人となり、「ソビエト連邦最後の宇宙飛行士」と呼ばれることもある。2005年時点で、宇宙滞在時間が最も長い宇宙飛行士であり、6回目の飛行を終えた時点で、通算803日9時間39分という記録を持つ。
ユーリイ・バツーリン(Yuri Baturin)1998年初飛行。国防省の元アドバイザー。ロシアでは政治関係に携わっていた人間で初の宇宙飛行士。
アメリカ合衆国(1961年5月5日)
初期の宇宙進出(マーキュリー計画)からジェミニ計画にかけて主な業績を打ち立てている宇宙飛行士。
アラン・シェパードマーキュリー7の一人。1961年5月5日、アメリカ人で初めて有人宇宙飛行(弾道飛行)を遂げる。
その後、1971年にアポロ14号に船長として参加し、“マーキュリー7”の7人の中では唯一人、月面に降り立っている(史上5人目)。
ヴァージル・グリソムマーキュリー7の一人。1961年7月21日、アメリカ人2人目となる有人宇宙飛行(弾道飛行)を遂げる。1967年1月27日、アポロ1号の事故により死去。アメリカの宇宙開発計画における最初の犠牲者の一人になった。
ジョン・グレンマーキュリー7の一人。1962年2月20日、アメリカ人3人目となる有人宇宙飛行、かつアメリカ人として初めて地球周回軌道を回った。1998年には77歳で再び宇宙に出、宇宙飛行の最年長記録を樹立した。
デイヴィッド・スコット1966年3月16日、ジェミニ8号のパイロットとして、人類史上初のランデブーと宇宙空間でのドッキングを成功させた。アポロ計画にも1969年の9号と1971年の15号で参加し、船長を務めたアポロ15号では月面に降り立った(史上7人目)。
アポロ計画の頃に主な業績を打ち立てている宇宙飛行士。
ニール・アームストロング1966年3月16日初飛行(ジェミニ8号)。アポロ11号船長として、1969年7月19日、人類で初めて月面に立った。
エドウィン・オルドリン1966年11月11日初飛行(ジェミニ12号)。アポロ11号パイロットとして、1969年7月19日、人類で初めて月面歩行を行った。