給食方式として、給食センター方式(複数の学校向けの給食を一か所で調理して、トラックで各学校に配送する。)と個別(学校別)給食方式(各学校の給食室で調理する。)がある。また、民間に委託している場合もある。給食当番
配膳は児童生徒による交代制によりおこなわれ、これを給食当番という。給食当番の主な仕事として、以下があげられる。なお、給食の調理及び食器類の洗浄は調理場にて一括して行われ、給食当番は一切関与しない。
給食室(センター方式の場合は配膳室)から給食を運ぶ
クラスの生徒へ配膳する(ウェットティッシュが配られる場合もある。各自でやったり班の代表がやる場合もある。)
食べ始め・食べ終わりの号令(日直や学級委員等が行う場合もある)
食べ終わった食器類を給食室(センター方式の場合は配膳室)に返す
当番の期間は学校や学級担任の考え方によって様々であるが、多くは一週間程度で、当番は数人で構成している(あらかじめ決められた班によるローテーション制が多い)。エプロン(白の他、色々な色のものがある)、三角巾(または帽子)、マスクなどを着用し、マスク(場合によっては三角巾なども)を除いた着用具は洗濯をした後、次の当番へ渡す。なお、当番に教師は含まれない。マスクや洗濯のために持ち帰った着用具は忘れ物となりやすいため、「着用具類の忘れ物が一定以上あると、罰則としてもう一週間当番をしなければならない」など、忘れ物防止のために学級によって様々なルールが作られている。
白衣・帽子・マスクは給食当番の人のみ着用し配膳の仕事が終わるとそれらを脱ぎ給食を食べるのが一般的だが、学校のきまりやクラス担任の指導方針の違いにより以下のようなパターンがある。
当番の人だけ白衣マスク帽子を着用、配膳後当番はマスクのみはずし白衣を着たまま食べる
当番以外の人はマスクのみ着用、「いただきます」まで自分の席で静かに待つ
当番も当番以外の人も全員給食の時間になると着替える
一部の学校では給食を食べる為に作られた専用の教室(給食ルーム・給食室等と呼ばれる事が多い 要は食堂)を備えており、給食の時間になると全校もしくは一部の児童・生徒がそこに集まり給食を食べるシステムとなっている。
給食は、長らく施設の一部として管理運営がなされてきたが、非効率的であるとして管理運営の一部を給食産業へ委託するケースも見られるようになってきた。
学校給食の法的根拠
学校給食法……小学校、中学校、中等教育学校前期課程、特別支援学校の小学部・中学部
盲学校、聾学校及び養護学校の幼稚部及び高等部における学校給食に関する法律
夜間課程を置く高等学校における学校給食に関する法律
歴史
明治22年(1889年)に山形県鶴岡町(現鶴岡市)の私立忠愛小学校においておにぎり・焼き魚・漬け物といった昼食を貧困児童に与えたのが日本で初めての給食とされている(ちなみに鶴岡市では12月になると給食記念日と言う事で当時の給食を再現されたものを出される)。
昭和19年、6大都市の小学生児童約200万人に対し、米・みそ等を特別配給して学校給食を実施した。
昭和21年(1946年)12月24日戦時中中断されていた学校給食が東京、神奈川、千葉で試験的に再開される。
昭和22年(1947年)1月主要都市の約300万人の児童にララ物資を利用した学校給食が開始される。
昭和24年(1949年)、ユニセフ(国連児童基金)から脱脂粉乳が贈られユニセフ給食がおこなわれた。
昭和25年(1950年)、アメリカ合衆国から小麦粉が贈られ都市で完全給食がおこなわれた。
昭和29年(1954年)、保護者においても好評で存続が望まれ、学校給食は教育の一環として学校給食法施行。
昭和31年(1956年)、学校給食法一部改正。中学校にも適用されるようになった。「夜間課程を置く高等学校における学校給食に関する法律」が公布された。
昔は給食ならではのメニューが多かったが、世代や地域によって思い出に相当の違いが見られる。戦後、アメリカで大量に残っていた小麦粉を日本に安く売り、それをパンにして提供し日本人の食文化に多大な影響を与えた。そして、高度経済成長をへて日本が豊かになるにつれてその内容は大きな変遷をとげてきた。昭和33年(1958年)に脱脂粉乳が牛乳へ、昭和51年(1976年)米飯給食が開始、後にパンは週1回程度になりご飯が主食となり(日本人の食事の洋食化に伴い、米の生産量の増大と反比例して消費量が減り、余った古米、古古米の処理のため)、パンをクロワッサンに、汁物をトムヤムクンになど、従来あまりなじみのなかったメニューも供され、近年では普段の食事と変わりないかそれを上回るメニューが多く登場している。食物アレルギーを持つ児童生徒に対応した特別食を作る場合もある。
現在、給食における栄養の指導に関する、日本での国家資格としては、栄養士および管理栄養士がある。[10]
時代によって食文化が変容すると共に給食のメニューもまた様変わりしている。近年では食の多様化を反映し、色々な国の食事が学校給食で採用されるようになった。冷凍食品や各種レトルト食品を利用することにより、手の込んだ献立が供されることが増えた。