孝明天皇
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関連項目

公武合体

8月18日の政変


脚注^ ただし夙子は、明治に入って皇太后となるまでは正式な皇后ではなく「准后」(皇后に準ずる身分)であった。
^ 中山慶子が宮中から父の忠能に宛てた手紙にも、「御匙高階痘は餘り手かけ不申由西尾久野へも御薬なと相談にて上候由」(執匙の高階はあまり痘瘡を手がけた経験がないそうで、お薬は西尾や久野にも相談した上で差し上げているとのことです)と記されている。
^ 京都府医師会 編『京都の医学史』(思文閣出版、1980年)1301頁
^ 伊良子光孝が医学史雑誌『医譚』の第47・48号(1976年)に天脈拝診日記を再発表した際に記述したところによると、拝診日記の最初の発表以降、孝明天皇毒殺の証拠を探ろうとして光孝のもとへ歴史研究者や作家の類がかなり押しかけてきたという。これに閉口したのか、光孝は天皇の死因について「真実は医師である自分にも判らない」として私見の開陳を避け、「討幕派が天皇毒殺をするなど考えられず、また考えたくもない」といった旨のことも述べている。


先代:
仁孝天皇天皇
第121代: 1846 ‐ 1867次代:
明治天皇

歴代天皇一覧
1 神武2 綏靖3 安寧4 懿徳5 孝昭6 孝安7 孝霊8 孝元9 開化10 崇神
11 垂仁12 景行13 成務14 仲哀15 応神16 仁徳17 履中18 反正19 允恭20 安康
21 雄略22 清寧23 顕宗24 仁賢25 武烈26 継体27 安閑28 宣化29 欽明30 敏達
31 用明32 崇峻33 推古34 舒明35 皇極36 孝徳37 斉明38 天智39 弘文40 天武
41 持統42 文武43 元明44 元正45 聖武46 孝謙47 淳仁48 称徳49 光仁50 桓武
51 平城52 嵯峨53 淳和54 仁明55 文徳56 清和57 陽成58 光孝59 宇多60 醍醐
61 朱雀62 村上63 冷泉64 円融65 花山66 一条67 三条68 後一条69 後朱雀70 後冷泉
71 後三条72 白河73 堀河74 鳥羽75 崇徳76 近衛77 後白河78 二条79 六条80 高倉
81 安徳82 後鳥羽83 土御門84 順徳85 仲恭86 後堀河87 四条88 後嵯峨89 後深草90 亀山
91 後宇多92 伏見93 後伏見94 後二条95 花園96 後醍醐97 後村上98 長慶99 後亀山100 後小松
北朝1 光厳2 光明3 崇光4 後光厳5 後円融6 後小松 


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki