試合は45分ハーフの計90分で行い、決着がつかない場合は当初抽選によって勝ち上がりチームを決定していたが、その後PK戦を導入して第75回大会までは延長戦を行わずにPK戦(決勝のみ延長戦(15分ハーフの計30分→PK戦))とする方式となり、第76回大会からはVゴール方式の延長戦→PK戦にルールが変更された。第85回大会からはVゴール方式が廃止され、延長戦の前後半15分を必ず最後まで行う方式に変更された。
優勝チームには天皇杯(第31回以降)の他にNHK杯(第48回以降)、共同通信杯、JOC杯、ドイツ杯(第85回以降)が贈られる。また翌シーズンには全日本選手権チーム(チャンピオンチーム)の証として日本サッカー協会のエンブレムをユニフォームに付ける権利を有する。エンブレムには、日本サッカー協会のシンボルマークであるヤタガラス上部に天皇杯(Emperor's Cup)の"E"を表示(また、J1との二冠の場合は"☆")する。
優勝チームは全日本選手権チームとして、翌シーズンのゼロックス・スーパーカップ、翌々シーズンのAFCチャンピオンズリーグの出場資格を得る。なお、優勝チームが同シーズンのJ1リーグも優勝している場合には、前者には天皇杯の準優勝が繰り上がり出場権が与えられる。また、翌シーズンのJ1リーグを優勝した場合には、後者にはJ1準優勝が繰り上がり出場権が与えられる(2000年度はJ1リーグ・天皇杯ともに鹿島アントラーズが制したため、2001年度スーパーカップにおいては天皇杯準優勝の清水エスパルスが、2005年度天皇杯・2006年度J1リーグは浦和レッズが制したため、2007年度AFCチャンピオンズリーグにおいては2006年度J1リーグ2位の川崎フロンターレが、それぞれ適用第一号となった)。また同様に、1980年代前半にはジャパンカップへの出場権が与えられていた。
ただし、AFCチャンピオンズリーグの場合、翌々年の開催分になるため、仮に優勝チームがJ2に降格した場合は、出場権が剥奪される。なお、2002年度の天皇杯を制した京都パープルサンガ(2003年にJ2降格)は、当時のAFCチャンピオンズリーグの日程変更上の過渡期でもあったため、出場権がなかった。また2004年度優勝の東京ヴェルディ1969は本来なら2006年J2に降格したので出場権を失う予定だったが、クラブ側の「J2に降格した場合でも出場したい」という意向を受け入れる形で同大会への出場が認められた。その後ルールが変更され、2009年度のACLへの日本代表枠としての派遣は2007年度の当大会優勝クラブではなく、2008年度の当大会で優勝したクラブが代表として出場するよう変更された。それ以後も当該年度の当大会優勝クラブが翌年のACL出場を獲得することになる予定。
決勝戦は元日午後の試合であるが、カードに関係なく元日を国立で過ごしたいという根っからのサッカーファンは多く、おおむねどのチームが決勝進出しても超満員となることが多い。ただしJリーグが開幕してから関西以西に本拠地を置くチーム同士による決勝戦はまだ行われておらず、ここ最近は関東圏に本拠地を置くチームが決勝進出を果たすことが多いことから、必ずしも満員になるかどうかは定かではない。2005年度(2006年1月1日)、2006年度(2007年1月1日)は特に、超人気クラブの浦和レッズが決勝進出したこともあり、例年にも増してチケット確保は困難を極めた。また2004年度の第84回大会(2005年1月1日決勝)から全日本女子サッカー選手権大会の決勝戦が元日午前におなじ会場で行われるようになり、「兄妹チーム」のアベック優勝なども見られるようになったが、女子チームの応援団(サポーター)にとって場所やチケットの確保での改善を求める声も上がっている。
1998年度の78回大会より、決勝戦のみならずすべてのスタジアムでの入場曲に「日本サッカーの歌」(坂本龍一作曲)が使われている。
決勝戦終了直後の表彰式においても、優勝チーム表彰の際に「日本サッカーの歌」がBGMで流される。
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