ソビエト連邦の外交関係も参照
1945年の第二次世界大戦終結で、朝鮮半島は北緯38度線を完全な境界線として米軍の南部とソビエト連邦軍の北部に分断占領された。1948年にアメリカ合衆国主導の南北統一総選挙が国連で決議されたが、北部を軍政統治するソビエト連邦が拒否し、南北分断が確定した。同年8月15日には南部単独で大韓民国が成立、追って9月9日にはソ連軍の士官として朝鮮半島に帰還した金日成を指導者とする朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が北部のみで成立したため、韓国は建国当初からソ連と敵対関係になった。
ソ連は朝鮮半島北部で朝鮮労働党の指導による社会主義国家の建設に成功し、朝鮮戦争では北朝鮮軍の南侵を支持したが、国連の安全保障理事会における欠席戦術を逆手に取られてアメリカを中心とした国連軍の編成と介入を許し、朝鮮半島全域への勢力拡大は失敗した。この際、ソ連軍は直接介入を控えたものの、軍事顧問団の派遣や兵器の供給で北朝鮮や中国の軍事作戦を支えた。その後のベトナム戦争では、アメリカの要請に応じてベトナムに出兵した韓国軍が北ベトナムを通じてソ連の支援を受ける南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)と激しい戦闘を行った。この東西冷戦の激しい時期では韓国とソ連の関係は絶たれていた。歴代の韓国の政権は反共主義を唱え、北朝鮮の背後にいるソ連や中国を強く警戒していた。金日成の個人独裁が強化された北朝鮮で親ソビエト派が一掃されても、ソビエト連邦は北朝鮮を朝鮮半島唯一の正統政権と認め、韓国とは全く外交交渉を行わなかった。
1981年、ソウルが1988年のソウルオリンピック開催都市に決まると、韓国はホスト国としてソビエト連邦を含む全ての国を安全に招待する義務を負った。しかし全斗煥政権は対ソ強硬姿勢と国内の民主化運動弾圧を継続し、1983年9月1日には大韓航空の旅客機がソビエト連邦領空を侵犯した後に撃墜された大韓航空機撃墜事件も発生して、両国間の関係は全く改善されなかった。
これが変化したのは、1985年に登場したソビエト連邦のミハイル・ゴルバチョフ政権が新思考外交による冷戦の緩和を訴えた以降である。韓国も1987年に成立した盧泰愚政権が民主化を進めつつソビエト連邦や中国との緊張緩和を目指す北方外交を提唱した結果、ソウルオリンピックはソビエト連邦や東欧諸国の参加を得て無事に開催された。この際に両国の接触が本格的に開始され、首脳会談を経て、1990年9月30日に韓国とソビエト連邦は国交を樹立した。1991年にはゴルバチョフが初訪韓(済州島を訪問)し、同年に韓国は北朝鮮と同時に国連加盟を果たした。また、第二次大戦後に旧日本領の南樺太(その後ソビエト連邦がサハリン州に編入)に取り残され、無国籍状態やソビエト連邦国籍になっていた残留朝鮮人の韓国訪問・帰還事業や、第二次世界大戦前にスターリンによって極東の沿海地方から中央アジアへ民族全員が強制移住させられたソビエト連邦国籍の朝鮮人(高麗人と称される)との交流が開始された。
1991年12月にソビエト連邦が崩壊してロシア連邦やその他の共和国が完全な独立国家として成立しても、韓国側からの積極的なアプローチは続いた。現代自動車はロシアの外国自動車市場で最大のメーカーとなり、LG電子も家電市場で3割のシェアを獲得したと伝えられている(ジェトロレポートより、 ⇒[3])。巨大財閥以外の韓国企業もロシアに進出し、ウラジオストクを重要な拠点としてシベリア開発にも関与している。ロシアは社会主義体制を放棄した現在でも北朝鮮との友好関係を維持している事から、北朝鮮の核開発問題をめぐる六者会合への参加国に含まれている。
また、中央アジアで新たに独立したカザフスタンやウズベキスタンにも韓国企業が進出している。両国には韓国からの直行便が就航し、高麗人への韓国語教育の支援などを含めた関係強化が進められている。
2004年に、過去において韓国がウラン濃縮など核開発に結びつく研究を行っていた事実が公表され、国際原子力機関(IAEA)の査察を受けている。
2005年には、同国の放射性アイソトープ販売企業であるキョンド洋行が、イラン企業のパトリス社に放射性物質であるニッケル63を売ったほか、フランスからは別の放射性物質である三重水素(トリチウム)を買い入れ、パトリスに売り渡していたことが、報道された。
地理朝鮮半島
韓国は朝鮮半島全域を領土とし、そのうちの南北軍事境界線(38度線)以南及びその属島を統治している。軍事境界線以北は、実際には北朝鮮政府が統治しているが、大韓民国では、地域を指す表現としての「北韓:?? プッカン、ほっかん」が用いられている。なお、北朝鮮も同じく朝鮮半島全域を領土としており、韓国政府が統治する区域を、軍事境界線以南の地域を指す意味で「南朝鮮:??? ナムジョソン、みなみちょうせん」と呼ぶ。
西には黄海、東には日本海に面し、朝鮮海峡(対馬海峡、西水道)を隔てて釜山と対馬とは約50kmの距離である。全国土面積は98480km?で、これは北海道と四国を合わせた程度あるいは九州の約2.7倍(九州は36700km?)である。
日本と韓国の間には、竹島(韓国名:独島)領有問題が存在する他、1990年代以降になって日本海(韓国名:東海)の国際的な呼称をめぐって韓国政府と日本政府が対立する等、いくつかの問題がある(参考:日本海呼称問題、李承晩ライン)。