大隈重信
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系譜

大隈氏明確ではないが菅原道真の末裔を称する家泰が筑後国大隈村(現:福岡県)に土着し姓を大隈と改めその孫・孝家の代に豊後国中津江村(現・大分県)に移住しやがて鍋島氏に仕えたという。家紋は丸に剣桔梗。
家泰…(略)…満辰━信保━重信=英麿=信常┳信幸┳和子                     ┗豊子┣治子                        ┣明子                        ┗里砂

大隈の長女・熊子の幼名は犬千代である[3]


彫像

大隈重信は政治家と教育者という2つの顔を持っていたため、主に大礼服姿のものとガウン姿のものに分けられる。


早稲田大学の大隈重信像大隈重信像

早稲田大学西早稲田キャンパスには2体の大隈像があり、有名なガウン姿の立像は昭和7年(1932年10月17日、早稲田大学創設50周年と大隈重信没後10回忌を兼ねて作られた。右足を失った後の姿のものであるため、杖をついているのが特徴である。製作者である彫刻家朝倉文夫は大隈像を3回制作しているが、この立像は2回目のもの。高さは298cmあり、受験期には受験生により賽銭が投げ込まれることも少なくない。

また、あまり知られていない大礼服姿の大隈像は大隈講堂内にあり、制作者は朝倉文夫で1回目に制作した大隈像である。元々は現在ガウン姿の大隈像がある位置にあったが、大隈講堂内に移設された。


国会議事堂の大隈重信像

国会議事堂にある大隈像は、中央広間1階に日本初の政党内閣を樹立した功績を称え、板垣退助、伊藤博文とともに飾られている。昭和13年(1938年2月明治憲法発布50周年を記念して作られた。


大隈記念館の大隈重信像

佐賀県佐賀市にある大隈記念館内にある大隈像は昭和63年(1988年4月に大隈重信の生家跡地に建てられた。大礼服姿の立像で、高さは180cmあり、実際の大隈重信の身長と同じとされている。この立像は大隈重信が右足を失う前の姿のものである。


関連項目

佐賀の七賢人

大隈信常

大隈信幸

大隈講堂

大隈財政

大隈内閣

第1次大隈内閣

第2次大隈内閣


早稲田大学

早稲田中・高等学校

早稲田実業学校

早稲田大学高等学院

早稲田大学本庄高等学院


脚注^ 木村時夫 『知られざる大隈重信』 集英社 2000年、237頁
^ 木村時夫 『知られざる大隈重信』 113頁
^ 大園隆二郎 『大隈重信』 西日本新聞社 2005年、178頁


外部リンクウィキメディア・コモンズには、 ⇒大隈重信 に関連するマルチメディアがあります。

大隈重信 | 近代日本人の肖像

早稲田大学サイト 「創設者 大隈重信」

第2次大隈重信内閣成立|史料にみる近代日本

歴代総理の写真と経歴 第8・17代 首相官邸サイト

          歴代内閣総理大臣          
第7代
伊藤博文8
1898年第9代
山縣有朋
第16代
山本権兵衛17
1914年 - 1916年第18代
寺内正毅

伊藤博文
K田清隆
山縣有朋
松方正義
大隈重信
桂太郎
西園寺公望
山本權兵衞
寺内正毅
原敬

高橋是清
加藤友三郎
清浦奎吾
加藤高明
若槻禮次郎
田中義一
濱口雄幸
犬養毅
齋藤實
岡田啓介


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki