大連
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市内4区

中山広場、友好広場
大連を代表するロータリー(広場)。中山広場を囲んで旧大連ヤマトホテル(大連賓館)、旧大連市役所(中国工商銀行)、旧横浜正金銀行中国銀行)、旧大連民政署(遼寧省対外貿易経済合作庁)など日本統治下で建てられた建築物が8棟残されている。これらは「大連中山広場近代建築群」として全国重点文物保護単位(国家級の文化遺産)に登録されている。中山広場の西隣りにある友好広場は日本統治時代は西広場と呼ばれた。現在は2つの老舗の映画館があり、にぎわっている。この外にも市内にはたくさんのロータリー式交差点があるが、これはもともとロシアがパリなどを模してロータリーと放射状の街路を持つ都市として設計し、戦後も市政府がロータリーを多く作ったからである。

勝利広場、青泥窪橋
大連駅南側の一帯で一大ショッピングゾーンとなっている。勝利広場は2つの円形ビルの間にあるローマ式広場で、台湾と大連市の合資でつくられた。巨大な地下街が形成されている。その南側、中山路のバス停あたりを青泥窪橋と呼び、百貨店街が続く。香港合資で建てられた「百年商城」は高級店である。また、戦前の大連三越百貨店は秋林女店(大商女性専門店)になっている。平日でも買い物客でにぎわい、週末にはファッションショーやバンド演奏なども行われる。

西安路(ショッピングスポット)

天津街(ショッピングスポット)

人民広場
大連市街の西部にある。広さは12.5万平方メートルで、緑鮮やかな芝生は4万平方メートルにも及ぶ。北側の正面には市人民政府(もと関東州庁)、東には公安局が、西には法務院・検察院(もと大連裁判所)が配置され、行政の中心部になっている。南側には噴水が備え付けられ、毎日12、19、20、21時に30分間運用される。第二次大戦後、スターリン広場と呼ばれ、東北地区の解放を助けたロシア兵士の銅像があったが、1990年代に改名、銅像は取り壊されている。

労働公園
ロシア人が1898年に開設、当時は「西公園」と呼ばれた。その後の日本統治時代にゴルフ場、相撲場、プール、乗馬倶楽部がつくられ、「中央公園」に。現在は、大連市中心部で最大の公園となり、面積は102万平方メートル。一各種植物が植栽されているほか、ゴルフ場、テニス場、隣接してスケート場もあり、体育と娯楽施設もある。さらに小動物園、遊園地もある。

大連テレビ塔
労働公園の南側の小高い山の上に立つ。上層部には展望台が設けられ、大連市街を一望できる。

旧ロシア人街、旧日本人街
最近、勝利橋(旧日本橋)の北のもともとロシア統治時代の政府機関があるところにロシア人街が、中山広場の少し南東の南山と呼ばれるところに日本人街が観光地として整備されたが、新建材を使用したレプリカに立て替えられたため評判は今一つで、訪れる観光客は少ない。しかし両者とも裏通りに入ると当時の建築が多く残存している。

棒?島(バンチュイダオ)
「棒?」とは洗濯用のたたき棒の意味で、島の形が似ている。もともと北京の中央委員7名のための別荘として建てられた[要出典]が、現在は海水浴場、ゴルフ場として市民に親しく利用されている。

老虎灘(ラオフータン)景区、傅家荘(フージャージュワン)公園
大連の南海岸にある老虎灘と傅家荘は、日本占領時代から市内に近い、人気の海岸公園であった。老虎灘はさまざまな遊興施設ができて、最近できた「大連極地館」は白熊などの動物や、人気のイルカ・アシカのショーを見ることができる

濱海路、金沙灘・銀沙灘海水浴場、大連森林動物園、野生動物放養園(サファリ)
濱海路(ビンハイルー)は大連市内の南と東の岩海岸を通る道路で、星海広場から、金沙灘・銀沙灘海水浴場を通り、大連森林・野生動物園の近くも通り、傅家荘、老虎灘、棒?島を経て、海之韵広場(もと東海公園)にまで達する25キロメートルのドライブコース。春の大連国際ウォーキング大会のコースでもある。

星海広場
総面積は110万平方メートル。星海湾を埋め立て、一時ゴミ捨て場になっていたところに大連市の100年記念として建設された。1997年6月30日開場。中央にはシンボル塔「漢白玉華表」がたっている。中央の散策路沿いには噴水が続く。遊園地もある。広場内には馬車が走る。広場中央から500メートルのところにイベント会場として会議・展示センター(会展中心)があり、最近は広場の西側に大連世界博覧広場とレストラン街も建設された。

星海公園、黒石礁海岸、大連自然博物館
星海広場のさらに西に星海公園があり、日本時代は「星ヶ浦」と呼ばれ、いまも格好の海水浴場である。さらに西の黒石礁は岩海岸で、岩遊びには最適で。ここに大連自然博物館があり、クジラの骨格、最近は旅順博物館から借りたミイラなどの展示がある。

夏家河子海水浴場、大黒石海水浴場
旅順北路の少し北に、渤海に面した遠浅の夏家河子海水浴場があり、さらに西には大黒石海水浴場があり、近くに千手観音像、五百羅漢もある。

金龍寺森林公園
旅順北路の営城子を過ぎたあたりから内陸に入ったところに、唐代から続く金龍寺があったが、戦後破壊されて、その境内がいま森林公園として開放されている。

宗教的建物:竜王観、松山寺、大連カトリック教堂、玉光街礼拝堂、清真寺など


金州区・開発区(北郊外)

金州副都統衛
大連港ができるまで金州がこのあたりの中心で、ここに都からの役人が派遣されて、その官舎を最近復元したもの。日清戦争の末期に従軍記者として大連へきた正岡子規が詠んだ俳句「行く春の酒を たまはる陣屋哉」の句碑は、この敷地の北西隅にある。

金州博物館
金州の町の中心地、関向応の銅像がある向応広場に面していて、もとの金州民務会所(町役場)を戦後に改修したもの。金州は以前城壁に囲まれた町で、その様子が復元されていたり、日清戦争日露戦争の戦闘場所の解説図などがある。

南山
日露戦争の初期、第二次世界大戦の末期の激戦地。いまはロシア軍兵士の墓地などがある。戦前ここにあった乃木希典の漢詩「金州城外斜陽に立つ」の石碑は、いまは旅順の日露監獄の日本時代石碑倉庫にあり、非公開。

大黒山、勝水寺観音閣、観水響、朝陽寺
金州の町からは東に、開発区の金馬路からは北に見える大黒山(海抜663m)は遼東半島南部の最高峰で、戦前はお和尚山と呼ばれ、日清戦争・日露戦争の時の部隊移動のよい目印になったといわれ、現在は大連人のハイキングの好対象。頂上付近には石皷寺(唐朝の太宗、李世民の像などを収容)があり、気象台(見晴台)もできた。北西山麓には、唐時代からある勝水寺観音閣があり、旧暦3月16日が廟会(縁日)で大連大学からの参道に出店と人出が多く、また旧暦4月8日(お釈迦様の誕生日)には信徒がそろいの衣服で読経などに参列する。東山麓には水がいつも絶えない瑶琴洞がある観水響と、この近くに朝陽古刹(朝陽寺)がある。

金馬路、五彩城、開発区展示場
開発区の中心街が金馬路で、重要なホテル、銀行、通信会社、大型スーパーなどのショッピングセンターがある。軽軌(郊外電車)の開発区駅と金馬路の間は、レストラン・カラオケ店・コーヒーショップなどが並ぶ「五彩城」。金馬路の東にある公安の広場に面して「開発区展示場」があり、諏訪大連会の精密機械諸会社の展示などが見られる。

砲台山公園、東山風景区
開発区の代表的なハイキング場で、それぞれ町の北、東南にある。砲台山公園には大砲の展示があり、5月末にはニセアカシアの花が咲く。東山風景区には頂上付近に宇宙船のような建物がある。

凱倫国際温泉クラブ
開発区の海岸寄りにある温泉で、露天風呂もある。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki